Wafty’s diary

情熱は止まらない 私達は進み続ける

【第66話 AST】 SPECIAL ATTACK APPLICANT

この話のもう1つの伏線『杉原直哉』。そろそろ彼の事も話さねばならないだろう…
あの夏の日、彼の身に何があったのかを。

この話を俺が知る事になるのは12月23日になるが、この日はあまりにも壮絶で記す事が多すぎるため、
今ここでその彼の話をした方が良いと思った。彼は何処にでもいるごく普通の中学生だった。
変わってる点と言えば、昔から慢性的な喘息持ちで身体が少し弱いという点と、
中学受験を経て大学の附属中学に通っているという点ぐらいなものだった。
そして、幼い頃から歴代のポケモンゲームをやっているプレイヤーでもあった。

話は半年前、現実世界の日本に遡る。










2039年7月15日午前8時54分
関西急行電鉄 阪西線 北坂駅

ポンポンポンポーン
「まもなく電車が参ります、危ないですから黄色い線の内側にお下がりください。」




あの日の朝―――――…

北坂駅の地下ホームには、いつものように多くの客が電車の到着を待っていた。
僕もその一人の内で、この日は通勤ラッシュが終わる時間帯である午前9時頃の快速電車に乗ろうとしていた。
昔から自持ちである慢性的な喘息症状がこの日も朝方に出てしまい、症状を落ち着かせてからの遅めの登校となる。朝方に喘息症状が出てしまう事は学校側も理解を示してくれている。学校まで親に送迎してもらう手段もあるのだが、共働きである親は忙しく、とても送迎までは出来ないのが現状だ。そんなにうちは裕福では無いが、中学受験をさせてくれて通わせてくれる親には本当に感謝している。
その苦労を考えれば電車通など容易いものだ。
よどんだ空気は苦手だが、混雑する電車にもすっかり慣れてきた。
今日は時間帯が遅いので共に通ういつもの友達メンバーはいない、必然的に1人での乗車となる。

駅のホームには様々な乗客の会話が聞こえる。



『あっついねーヤバくなーい?』
『マジ萎えるよね~汗だっらだら』
『てか今日放課後、暇?』
『暇だよー?』
『放課後サーティサン寄ろうやー』
『オッケー』


『ニュース見ました?信菱銀行の債務隠蔽騒動』
『見た見た。昨日、金融庁監査入ったんだって話だろ。』
『確かバブル崩壊後には債務不履行騒動は多かったんですよね?』
『あぁ、あの頃は多かったよ』


『なぁ、この前の関ゼミ模試結果どうだった?』
『結果はまだ。でも微妙やったなー数Ⅲの大問5とか。』
『お前もか!え、つかあれどうやって解くん?』
『あとで見直したらxを2tanθで置換して解けばよかったらしいけど、その導出仮定がめちゃめちゃ面倒だから、飛ばしてたら時間無くて解けんかった。』
『はい、x=2tanθすら思い付かなかった俺には無理ゲーでした!ありがとうございました!』
『まぁ、ドンマイって事で。』
『これでもし、判定ランク上がってたらそりゃもう万々歳ですよ。』
『それな。』




オォオォ―― ヒュ―――…

ホームに電車が入線する。
―――――――――――――――
08:58発 阪西線 大阪方面
【快速】門真市
―――――――――――――――
イメージ 1


プ――――ピンポン…バタン
シュウゥ… オォ―――



発車チャイムが鳴ってる途中でドアが閉まったような気がするが、まぁ細かい事は気にしない事にする。
列車は北坂駅を発車した。ラッシュ時間帯を過ぎているとは言え乗車率は高く、座れる席などなかった。
いつもの癖でドア横に立ち、リュックを床に降ろす。降りる駅は2つ先の長田だ。




「御乗車ありがとうございます。京阪本線直通【快速】門真市行きです。
 次は夢見台、夢見台。お出口は右側です。
 The next station is Yumemidai. Station number WE-30.」



ヒョオォ――――

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地下区間を颯爽と駆け抜けていく。ドアのガラス窓には僕の顔と、反射して映る学生達。
どの学生もすっかり夏の予定の話で持ちきりだ。
7月も後半に入りかけ、学生最大の特権である夏休みが始まろうとしていたところだった。


オォ―――――

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「夢見台、夢見台。右側の扉が開きます、ご注意下さい。
 夢見台を出ますと次は長田に止まります。We will soon stop at Yumem…









ピタッ










“え?”


世界が止まった。
いや、そうとしか瞬時には表現のしようがなかった。
ガラス越しに流れ行く蛍光灯が作り出す光の線や車内の揺れ、乗客達の動き、
あらゆる音と場景が一瞬で全て止まったのだ。突如、静止画かつ無音と化した車内。
僕は暫く何が起きているのか認識出来なかった。

「何…これ…?」

あらゆるものが静止し何の音もしない不気味な世界がそこにあった。
自分だけ身体が動くのに他の乗客達は一切動かないのだ。
声をかけても一切無反応、乗客達の肩を叩くと金属の様に固かった。
見た目は生身の人間なのに全員が銅像のような状態になっていた。

「時間が…止まった…?」

気が付くと、この世界では全くもって信憑性の無い言葉が無意識の内に自分の口から出ていた。
動揺を補正するかのように一人言が次々勝手に出てくる。



「いや落ち着け…これは夢だ。そうだ夢だ、悪い夢に決まってる。何で人間の身体が金属みたいに固いんだ…何で全てが止まってるんだ…あり得ない。そんな非現実的で科学証明出来ない事象など、この世界にありはしない。2039年で空想世界なんかじゃない本物の日本で、そんなのあり得ない。『時は金なり』って言うじゃないか。絶えず動き続けるから『時間』なのに…それが止まる?仮にもしそんな事が出来たら、あらゆる歴史どころか未来そのものまで変えられる…そんな事あってはならない!空想の世界じゃない…ここは現実なんだ!じゃあ…何だよこれ……誰がこんな事を……それとも僕が…これをやった?」






――――――…ザッ





「…?」



何かの物音が隣の車両から聞こえた。
よく見ると車両繋ぎ目にある扉のガラス越しに誰か一人だけ動いている姿が見える。
僕は床に降ろしたリュックの事も忘れて直ぐ様、隣の車両の扉を開けた。
開けると静止した多くの乗客達の中で、1人だけもぞもぞと後方のドア付近で動く
若い女性と思われる姿を見つけた。彼女も僕に気付き此方を見る。

一方、僕は彼女を見た直後、違和感を感じ直ぐ様その場で足を止めていた。



何故なら彼女は…





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「おぉっ!目標発見!ラッキー☆」




…普通の人間とは明らかに違うオーラを放っていたのだ。

何と言えばいいのだろうか、とにかく全身が…白で覆われている
女子高生くらいの女の子とでも言えばいいのだろうか。
白の長髪に、白い肌、白の眉毛に、白の全身タイツのような服。
けれども、白一色というわけではない。
全身タイツのような服には流線形をあしらったマリンブルーのデザインが数ヶ所。
目の瞳の色もマリンブルーをしている。
彼女は、その綺麗な瞳を輝かせながら遠くにいる僕を大きな手振りを交えて呼ぶ。



「ちょいちょい、少年!早速で悪いが、こっちに来てちょっと手伝ってくれないか?
 今、絶賛困りMAXなのだー。」

「……」

「おーい少年!聞こえてるなら私を助けてくーれーなーいーかーっ!?
 私1人じゃ解決出来ない事なのだぞ~!」

「…その前に聞いてもいい?」

「おぉ、やっと喋ったな!何だ?出来ればこっちに来た方がよく聞き取れるし、
 直ぐに答えてあげられると思うんだがな!」



「これどういう状況…?」



「あーもう!そんな愚問は後でよい!後でたっぷり教えてやるから、とりあえず今は
 ピンチな状況下に置かれてる私を助けてくれ!怪しいオッサンじゃないのだぞ!?
 JKだぞ!?可愛い白髪美少女なのだぞ~!?

「自分で言っちゃうのか…」

「うぅ…こんなに頼んでるのに…最近の中学男子は冷たいのだな…見損なったぞー。」

「分かりましたよ!助けますって」



「おっほ!(笑) さすが私の王子様!」



「…何か恥ずかしいからやめろ。」

得体の知れない謎の白髪美少女。近付くと余計その白さが際立って見える。
身長は自分より少し高めで、全身タイツみたいな服を纏っているにも関わらず、
やたらスタイルが良く全体的にスラッと見える美しさに少しドキッとする。顔も悔しいが可愛い。
やはり可愛いは正義か。


「で、困り事とは?」
「んー、これなのだが…」


彼女が指差す先に視線を移すと、彼女の長い白髪の先端がドアに挟まれているのが確認できる…
こんなものをあんなに「困っている」と豪語されても正直、反応に困る。

「えーっと…」
「これ…どうすればいいのだ?」
「駆け込み乗車…でもした?」
「ありゃ!?バレた!?」
「あ、したのね」


「……………不覚だった」


「へ?」





電車に乗るタイミングが分からなかったのだぁ!発車ベルが鳴ってからドアが閉まると思ってたら、鳴ってる途中で閉まり出したのだぞ!?駆け込み乗車になって当然ではないかー…確かにまぁ?今の私は君以外の人間に見えない設定で、この世界に潜伏しているから駆け込み乗車をしても誰にも気付かれず仕方のない事ではあるのだが…うぅ……君を特定して接触を図るタイミングを模索してたらこの様だ。てか何だあの電車の種別の多さは!?【特急】【準急】【快速】【ポート快速】【六甲路快速】【普通】って多すぎないか!?電車の乗り方もよく分からぬ…電車毎に並ぶ位置が違うって初めてだ。てか何だ!?△印・○印・□印2ドア・3ドア・4ドアって!?御主、よく迷わずにスムーズに乗れるなぁ…私はたまげたぞ…。






「…まぁ言いたい事はスッゲー分かるよ。」


「どうせ…あれだろう?次の何だ…夢見台駅とやらまでか?
 私の髪の先端は冷たい地下の空気に晒され…
 私はここから動けない天然ドジっ娘キャラを演じるオチなのだろう?少年よ…。」


「(うわー突っ込みにくい…)」
「あっ、今突っ込みにくいキャラって思ったでしょ?」
「いや…別に。」

「あはは!思春期中学男子の心理くらい見え見えなのだぞー?
 ね…私みたいなのに迫られたら内心ドキドキするでしょ?

「誰が見ず知らずの他人に…」
「うん、その厨二臭い台詞が最高だな!」
「何で見ず知らずの他人にいきなり厨二扱いされなきゃならないんだよっ!」
「おぉ~食い付いた。よォーしッ!
「しまった…反応してしまった。」


「まぁ、この髪が挟まれてる件は時間を再び動かして、
 次の駅でドアが開けば即解決なのでスルーするということで。以上、茶番終わりっ☆




「やっぱりあんたが時間止めてたのか。じゃあ、あんなに困ってるとか言って呼ぶなし…」

「あー違うんだ少年。君に用があるのは本当なんだぞ?
 私は君を探しに、わざわざこの車内にまで潜り込んだのだぞ?」

「はぁ…突っ込みどころ満載だけど、とりあえず御苦労さんだね…
 見ず知らずの他人同士なのに初対面でいきなり用って何ぞ?」

「うむ、その前に…御主の突っ込みどころ満載とやらをお聞かせ願おうか?
 無性に今の発言が気になるのだ。」

「じゃあ、めっちゃ質問するんで答えて下さい。」
「答えられる範囲でな。」




問1:そもそもあんた誰?
「うむ、まだ名を名乗っていなかったな。でも実は私、残念ながら明白な名が無いのだよ。」

問2:人間じゃないの?
「あぁ、私は人間じゃないよ。サイボーグやロボットとも違うぞ。人工知能が一時的に3次元化しているものと思ってくれ。ちなみに今は独自の判断と意思で動いてるんだ。」

問3:人工知能が意思なんか持つの?
「良い質問だ。と言いたいのだが、実は私自身も正確には自身の存在を把握しきれていないのだ…何故このような人工知能である私が自らの意思を持って私は君に接触出来ているのかも正直分からない。」

問4:君の開発者や開発時期は?
「あぁ、それは最初から私の記憶媒体に明記されてあるから分かるぞ。初期リリース時のデータでいいな?開発日は2035年8月29日。開発者、つまり私を作った親は海沢俊夫。開発会社は全通製作所(ZENTSU, LTD.)だ。

問5:元々、君が開発された意図は?
「うん、元々は現在のOSにも対応した企業向け業務用サーバーの新たな演算装置システム『FASTER-35』として開発されたんだ。処理スピードも結構それなりに速くて今でもあらゆる方面から好評を戴いてる。」

問6:何でそこから人工知能が…?
「だからそれは私にも分からぬと言っておろう…ちなみに私の元々の製品型番は『FASTER-35-902』というのだが、どうやら二番目に開発された試作品らしくてな。最初、動作試験を兼ねてある企業に配属されたのだが…私を作った親会社の全通製作所からライセンスがその企業に完全譲渡された後、その配属先企業のSEシステムエンジニア)達が「改善だー」とか言って結構、私は内部のシステムを弄られたのだよ。改造された後、その配属先企業では私の事を『HBD-5000』と呼んでいるのだが……これがなぁ…今から君に話す、なかなか複雑で面倒な【本題】に繋がってくるのだよ。」

問7:君の経歴は大体分かった、嫌な予感しかしないが【本題】は後で聞こう。
「うむ、察しが良くて助かる。」

問8:ところで、その君の人工知能は開発者が秘かに搭載した隠し機能では?
あははっ!そこに食い込むか~!海沢さんの事だな?うん、そういう可能性は十分にある!いやむしろ、その方が面白いし親近感が沸くなぁ!もしかしたら彼も白髪美少女好きなのかもしれないな(笑) だからシステムの使用環境が危険と判断したら、緊急措置として人工知能である私を生み出し意思を持つような機能を秘かに内臓してたのかもしれない。あはは!正に開発者の趣味だな~愉快愉快♪

問9:つまり今、配属先の企業での君の使用環境は危険ということなの?
「あぁ、相当危険なものだとシステムが判断したんだ。だから緊急措置として今、こうして人工知能である私は自らの意思を持って、わざわざ3次元化してまで君と接触している。危険と判断した理由は【本題】で後程詳しく説明する。他に質問はないか?少年。」

問10:よく見ると可愛いな。
「え…?あ…ぁぅ…いきなり…そんなこと言うなぁ…反応に困るぞ…。」

問11:何歳?
「い、一応…17歳の設定だ。」

問12:女の子?
「あ…当たり前だ!失礼な!/// ほら!出るところだってちゃんとあるのだぞ!//// …って人工知能である私が言っても説得力皆無なのは分かってる。でもね、今はせめて人間の女の子っぽく振る舞いたいなって…そう思いたいんだ。」

問13:やっぱり可愛いな。
「…何気に少年はドSだな。」

問14:この際だから名前で呼ぼう!
「え…でも、私名前なんて無いのだよ…あるとしても元々の製品型番『FASTER-35-902』か、配属先で呼ばれてる『HBD-5000』ぐらいしか…いや、後者の方は【本題】の件もあって嫌いな呼ばれ方だが。」

問15:じゃあ『FASTER-35-902』から取って『ファスターちゃん』にしよう!
「最高にポップで恥ずかしい呼ばれ方だな!でも嬉しいぞ…///」

問16:更に呼びやすくしたらアスターちゃん』になるわけだが?
「あ…何かそっちの方が好きだ。」

問17:よろしく!アスター
「はっ…はいィ!////」

問18:質問を続ける!
「うむ、続けたまえ少年。」

問19:アスターのスリーサイズは?
「えっと上から…って何聞いとんのじゃボケーッ!やはり思春期の中学男子はどいつもこいつも皆変態だな!」

問20:アスター、偏見は良くない。
「うむ…それは思った。続けたまえ」




問21:【本題】を通り越した上で聞きたい…何が狙いだ?
「一気に最終結論まで持ち込んできたな?まぁいい。素敵な名前を貰ったんだ。特別に一足早く、一言で答えてあげよう。いいか?決してふざけて言ってるんじゃないからな?







アスターは両手で僕の肩を握り、真剣な眼差しで僕の眼を見ながら言った。
――――――――――――――
私は君を、救いに来たんだ。
――――――――――――――
彼女は暫く僕の眼から視線をずらそうとしなかった。
マリンブルーの綺麗な瞳に見詰められ、眼力に圧倒される。
『目は口ほどにものを言う』という言葉があるように、アスターの瞳からは
「君を助けたいんだ…!」という意思が何故か痛いほど伝わってきたのだ。
彼女のあまりの眼力に思わず涙が滲みかける。

アスターは両手を僕の肩から離し、静止した空間を見渡しながら語りだす。




「…世界って一つじゃないんだよ。いわゆるパラレルワールド…平行世界と呼ばれている、そんな世界がこの世界以外にもたくさんあるんだ。世界線が変わっても此処とほとんど見分けがつかない世界や人工の仮想空間が生み出す電脳世界、この世界とは全く違う生物の進化過程を辿った世界など…種類は様々だ。そして『別の世界が作り出した別の世界』っていう世界もあるんだ。これから話そうとしている【本題】は、そういう世界での話だ。君もよく知っている世界だ、私はその世界で行われている事を全て把握しているんだ。きっと…簡単には信じてはくれないだろうがな。」


「……」

「だが、その【本題】の話をする前に…まず私は君を救わねばならない。話は君を救った後だ。いいな?」


「…分かった。とりあえず僕の身に何か危険が迫っていて、その危険から僕を救うために、どうやったかは知らないけどアスターは時間を止めてまで僕と接触した。…僕はその危険を回避した代償にその【本題】に関わらなくてはならない運命である…そう言いたいんだね?」


「あぁ、察しが良くて本当に助かる。ただ、無理にその【本題】に関われとは言わない…運命を選ぶ選択権は君にあるのだからな。辛い選択だと思う…だから、私は君にその『選ぶ』という時間をこうして今、時間を止めるという禁忌を犯してまで君に与えている。私は…君を助けたい。


アスター、この際だからもう一言で言ってくれ
僕が選ぼうとしている『選択肢』を。覚悟は出来てるから。」


「分かった…では、少年の言う通りに従おう。いいか?これは『君が選ぶ運命の選択』だからな?












アスターは両目を閉じて言った。

――――――――――――――――
選べ。『死ぬ』か『生きるか』を。
――――――――――――――――
そう2つのシンプルな選択肢が告げられた僕は彼女と同様に両目を閉じて黙り混んだ。


そして、暫く数十秒あらゆる思考を巡らせ結論を出した後に再び目を開け、アスターの白い顔を見る。
彼女はまだ両目を閉じたままだ、僕の答えをずっと待ってくれているのだ。

彼女にそっと声を掛ける。

「決めたよ…アスター。」
「あぁ…どちらだ?少年…」







「僕は…『生きる』事にしたよ。」






彼女はゆっくりと目を開いた。
気のせいか開いたその瞳には、ほんの少し涙が滲んでいるように見えた。

そして彼女は小さく僕にこう呟いた。


「………あぁ…よく選んでくれた、少年……私は例え君に破壊されてでも…全身全霊を掛けて君を生き延びさせる……君は『生きる』んだ。」





アスターの言葉に僕は少し動揺する。

「それ…どういう事なの?」



「あぁ…君を救った後に話す【本題】で詳しく説明する…今は想像もつかないとは思うが、いずれ君は私を破壊する運命なのだ。だが、君は一切私の事を気にかけなくていい。『その時』が来たら、何の躊躇もなく私を破壊してくれ…これは人工知能である私自身が望む事だ。安心してくれ、その破壊する際の躊躇を無くす為に【本題】に関わり出したら、私と接触した記憶は自動的に消えるようシステムには予めプログラムされている。本来…私は此処に現れてはならないイレギュラーな存在なのだからな……。」



「待ってよ、破壊って…つまり『殺す』って事でしょう…?」







アスターはうつむき、ゆっくりと僕の言葉に頷いた。








「僕がアスターを…『殺す』?嫌だよ……何で僕がアスターを殺さなきゃならないんだよ!全身全霊を掛けて禁忌を犯してまで、僕を救って生き延びさせてくれるアスターを殺す理由が何処にあるっていうんだよ!!」


僕の言葉に反射するかの様に、うつむいていたアスターもすぐに顔をあげ、激しい口調で返した。





仕方のない事なのだ!!!御主ならもう分かっておろう!?この世界の変えることの出来ぬ理不尽さをッ!!!全てが平等で存在出来る事などあり得ない『墜とす』か『墜とされる』しか無い、この世界の不変的大原則をッ!!!分かるだろう!?『選ばないと』この世界では、生き延びられないんだ…!!!!!!!」










「…ッ!?」

あまりにも豹変したアスターの激しい口調と勢いに圧倒され、返す言葉が思い付かなかった。







「…素敵な名前をくれた君の事は破壊されてもずっと忘れない。さっきは冗談の様に聞こえたかもしれないが、君は本当に私にとっての王子様で…私という危険なシステムをこの世から葬り去る運命的存在なのだ。私の願いは、破壊された後も君が生き延びる世界で…また何処かで正規の新システムの人工知能として生まれ変わる事。」



アスター…」



「輪廻天性があるかは分からない…でも、それが私の儚い願いだ。」


「その願い…僕は絶対に忘れない。例えアスターとの記憶が自動的に消されようと、僕はきっと何処かで、何かの切っ掛けで絶対に思い出してみせる。そして僕は…君という存在を何らかの形で再び人工知能として復活させてみせる…それが僕の夢だ。」


「優しいな…少年は。こんな人工知能の願いを聞いて、自らの将来の夢にまで結び付けるだなんて。記憶が消された事を思い出すなんて事など通常あり得な……いや…あるといいな…うん。難しく険しい道だ…これから何度も少年は挫折するだろう。でも、その度に『本当の強さ』を知る。君はこんな人工知能の儚い願いも真剣に聞いてくれた優しい人間だ。少年なら、きっとあらゆる困難も乗り越えられるだろう。立派な大人になるんだぞ…少年。



「うん…分かったよ、アスター。頑張るよ、いつまでも…いつまでも。」

「あぁ、それが私が望む少年の姿だ。」








アスターは右手を差し出しながら言った。

「少年…これから君の命を救うにあたって、私は今のこの静止した時間を再び動かさねばならない。時間を動かしたら、私は人目につかないよう姿を透明に変えて直接的な会話も出来なくなるようにさせてもらう。だから、私の手を他の人間にバレないように握り続けて。握ったら私の指示があるまで絶対に離さないこと、時間を動かし始めたら会話はその握った手を通じてテレパシーの様に話す。いいな?」

「分かった。」






僕は彼女の白い右手をそっと握る。






「よし…指示があるまで決して離すんじゃないぞ。申し訳無いが、時間が動き出したら私が言うことに全て従ってくれ。全ては『君を救う為』だ。」

「分かってる、僕はアスターを信じてるから。命の恩人だって。」
「あぁ、私も少年を信じている。君は『生きる』んだ…。」

















止まっていた時間が、再び動き出す。

…オォ―――


ガラス越しに流れ行く蛍光灯が作り出す光の線や
車内の揺れ、乗客達の動き、あらゆる音と場景が再び動き出した。
アスターの姿は目視で確認出来なくなり、手を握る感覚のみがそこに居ることを教えてくれる。


“少年、聞こえるか?”

直接、脳内にアスターの声が響く。

“聞こえる。”
“よし、通信感度はバッチリだな。そのままの位置で待機。”
“了解。乗客には僕がいきなりここに現れた事バレてない?”
“心配するな、慢性的な混雑のせいで誰も気付いていない。”
“ならいいけど。あ、リュックが…”
“取りに行くな。”
“え?でも…”
そのまま隣の車両に残すんだ。
“…分かった。”


「夢見台、夢見台。右側の扉が開きます、ご注意下さい。夢見台を出ますと次は長田に止まります。We will soon stop at Yumemidai. The next station is Nagata.」

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“もうすぐ着く『夢見台』で私と共に列車を降りる。ドアが開いたら、私が誘導するから少年は私の手をずっと握り続けていればいい。”

“僕が本来降りようとしていたのは更に次の『長田』だった。でも…”

…それだと意味が無いんだ。

“分かった、言う通りにする。”


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オォオォ―― ヒュ―――…


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夢見台駅に電車が停車し、ドアが開く。
ポンピン…


“降りるぞ。”


アスターは僕の手をしっかり握りながら列車を降り、そのまま他の乗客の流れとは逆向きに歩き出す。
僕は歩きながらホームにある電光掲示板を見た。
やはり時間が止まる前と動き出した後に乗っている電車は同じだ。
―――――――――――――――
09:03発 阪西線 大阪方面
【快速】門真市
―――――――――――――――
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プ―――― ピンポン…バタン
シュウゥ… オォ―――


発車ベルが鳴り終わりドアが閉まった後、本来乗り続ける筈だった列車が発車していく。
アスターと僕は、そのまま列車と同じ進行方向のホーム端に向かって歩き続けていく。

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オォ―――…


列車は再び暗闇の中へ走り去っていった。
僕達はホーム端に立って、どんどん小さくなっていく列車を見送る。
暗闇の遥か先に見える星のような白い点は、次の駅『瀬之町』のホームの明かりだ。
この辺りの地下区間は真っ直ぐなのが特徴だ。
さっきまで乗っていた快速列車は、その『瀬之町』を通過し、次の『長田』へと停車する。




気が付くと、いつの間にかホーム先端付近にいるのは僕ら2人だけとなっていた。





アスターは僕の手を強く握りしめ、震えるような口調でテレパシーを通じて語りかけてきた。







“今から…君には辛い光景を見せる事になる。覚悟しておけ。”
“うん…分かってる。”






“忘れるな、少年―――…”








彼女と手を繋いでいない自分の右手にあるデジタル腕時計を見ると、時刻は午前9時07分。
列車が次の駅『瀬之町』に差し掛かろうとしているところだった。

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アスターが呟いた。











“…――これが『真実』だ。”























アスターが呟いた直後、暗闇の遥か先で突如、今まで聞いたことの無いような凄まじい轟音が響き渡った。


SPECIAL ATTACK APPLICANT 第66話 「AST」 ――――― 終
次回、第67話「AST→」。
いま見ている景色は、ぜんぶ、後で思い出すものなんだよ。