Wafty’s diary

情熱は止まらない 私達は進み続ける

【第41話 転送-回想編④-】 SPECIAL ATTACK APPLICANT

楓はHBD-5000の資料が自分の目の前で消えた事をきっかけに、HBD-5000について徹底的に調べたという…
どういうルートや、どういう方法で調べたかは俺の前でも一切教えてくれなかった。機密中の機密だという。
ほぼ独学だというそのスキルは、少なからず彼女が持っている武器といえよう。

余談だが、彼女は毎年行われる全国対抗のプログラミングコンテストで去年は最優秀賞を貰ったという、
とても見た目からは想像もできないような経歴まで持っている。何処にそんな能力隠してんだろう…。
普段はゲームに溺れているようにしか見えないから、「人は見掛けによらない」という言葉を凝縮したような娘だ。


徹底的に調べた挙句、ついに彼女はHBD-5000の根幹にまで迫る事に成功した。
構造やら内部の電子部品一つ一つまでの情報まで全て一人で解析することに成功したという。
そう…彼女は、なんと…あの消えた資料 『HBD-5000開発に関する中間報告』 を自分の手で作り上げたのだ!
ここまで来れば不完全とは言え、試作機は余裕で作れるレベルになっていた。

そして、彼女は独自に製作した試作機 『HBD-L』 を完成させ、1年前に俺を検体として動作実験を確認した。
その時に行った実験での教訓を元に、彼女は更に 『HBD-L』 を改良した2号機 『HBD-M』 を完成させた。
俺と会う半年前の事だった。彼女は、今度は自ら検体となって 『HBD-M』 の動作実験を試みた。
しかし彼女がそこで見たのは、なんと…全く未知の世界だった。
同時に、HBD-5000の“次元波理論”が証明された瞬間でもあった。



楓は、自らが見た向こう側の世界の存在を語った。






「信じられん…そんな世界が形成されているなんて…とても考えられない。」

「そう、私も最初は目を疑いました。“これは夢!これは夢…!”何度も自分に言い聞かせたんです。
 …でも、すぐに背中がゾクッとしたんです。冷たい風が背に吹き付けたんだと直感で分かりました。
 同時に、潮の匂いも…波の音も…鮮明に感じている事に気付いたんです。」

「まるでその場にいるかのようだな…」
「無意識にふと自分の手を見たんです。そしたら…そこにあったのは人間の手じゃなかったんです。」
「人間の手じゃなかった…?」

「洋祐さんの実験の時にまさかとは思いましたが、本当に人間の姿をしていないんです…
 私の場合、手がやけにふわふわしていて、肌の色も全く人間と違ってて…
 というか、身体全体がまるで別の生き物だったんです。」

「自分の姿が何だったのか分かったか?」
「はい、それは見た瞬間分かりました。恥ずかしいから小声で言いますが…  …です。」
「可愛ええやん~!ええな!」
「はぅ…///」

「そうなると…じゃあ俺も1年前のあの時、人間の姿をしていなかったという事か?」





楓は黙って静かに頷いた。




「…あの時、俺は一体どんな姿をしていたんだ?」
「知りたいですか?」
「可能なら是非。」
「分かりました。洋祐さんが望むのなら…」


楓は自身が持っていた携帯端末を開き、俺にその姿を画像で見せた。





「これです。」
「こ、これって…」

そう。伝説のポケモンデオキシス。向こう側の世界では“宇宙から来たポケモン”と言われています。

「これが…俺?」

「この画像自体は違いますが、実験時に得られた洋祐さんの識別コードの数字配列が、
 ゲームでデオキシスを表示させる数字配列と完全に一致したんです。」

「はー…よく気付いたな。」
「あくまでも推測です…ずっとゲームのデータを解析して分かった事ですので。」
「…多分合ってる。言われると何となくデオキシスだったんじゃないかなって今になって思う。」
「いや、そんな筈は…確か当時は、まだ記憶分野まで扱ってませんでした。記憶は残ってない筈です。」
「でも、鮮明では無いけど、部分部分わずかに記憶があるんだ。闇の中で、青いものが何か俺に言っていた…」
「青いもの?」
「その先は全く覚えていない。気が付いたら、元のアパート部屋でいつもの様に寝転んでいた。」

「(おかしい…何故、記憶が残ってるの…バグ…?)」

「ん?どうした?」
「あ、いや何でもないです。」
「そういや楓も変身状態を体感してるんだよな?」
「はい、向こう側の世界でしたが。」
「…その時、頭痛はしていたか?」
「はい。おそらく身体の状態は1年前に洋祐さんに施した実験の時と同じだったと思います。」
「俺の半年後に、今度はお前自身が実験体となって試したら、向こうの世界に飛ばされていた…と。」
「はい…ちなみに洋祐さんの時はHBD-5000の資料を元に私が作った試作機 『HBD-L』 を使いました。」
「これは現実世界のみにしか適用出来ない奴だったんだな?」

「そうです。そして、その半年後に私が使ったのが 『HBD-M』 …
 『HBD-L』 で洋祐さんから得られたデータの問題点を改善した機器です。」

「で…使ってみると別の世界に飛んでいた、と。…やっぱり信じられん…」
「それはこっちが言いたいですよ……でも、もう時間が無いんです、洋祐さん。」
「時間が無い…?」


 『HBD-M』 は、先程の話からも分かると思いますが、自分の意識を向こうの世界に、
 人間じゃない新たに創られた別媒体に譲渡する事で機能します。つまり、こちらの現実世界には
 人間である元の自分の身体のみが残り、自分の意識は事実上消えてしまいます。


「なるほど…」
「それが今の私です。」
「え…?そうなのか?」

私の本当の意識は現在、向こう側の世界に存在します。なので、今の私は言わば鷲宮楓のコピーなのです。

「でも意識は消えるんじゃ…」

「はい。確かに意識は消えます。ただ、意思は残るみたいなので現実世界の私達は
 これまでの生活と同じ生活を送れます。」

「なんだ、よかった。てっきり現実世界の俺が消えるのかと思っていた。やれやれ一安心。」




「ただ、その間の現実世界での記憶は一切残りませんよ。」



楓のその一言が恐ろしく重いものに聞こえた。でも、もう後戻りが出来ない事は分かっていた。




「そうだよな…意識が別の世界に譲渡されるんだもんな。現実世界の記憶が残る筈が無い。」
「つまり、残念ですが本当の鷲宮楓の記憶には、佐倉洋祐さんと実際に会った出来事は一切残っていません。」
「うーむ、寂しい話ですな…」
「ごめんなさい…せっかく色々会話出来たのに…申し訳無いです。」
「でも、仕方ない事か。」


「…まだまだ山ほど話したい事がありますが、もう時間がありません。
 向こうの世界の存在の真偽は貴方自身の目で確かめて下さい。」

「分かった…時間が無いんだろ?手っ取り早く言ってくれ。」


「はい、事実のみを伝えます。
 洋祐さんの会社では3ヶ月前、既にHBD-5000によって事業Aの準備段階が開始されました。

「それで、本当の鷲宮楓の意識はいつから向こう側の世界にあるんだ?」
「3ヶ月前です。この準備段階開始と同時に『HBD-M』によって意識を転送しました。」
「なるほど…最初から戦争の流れを変えようとしてるのか。」
「ただし一度転送すると…向こう側の自分の姿である媒体が生存不能になるまで、この世界には戻れません。
「あれ?半年前、お前自身が検体になってやった 『HBD-M』 での実験では、ちゃんと戻れてるよな?」

「あの時は、まだ完全に向こう側の世界の媒体が形成される前だったので、
 意識が若干こちら側の世界にも半分ほど残っていたんです。だから実験中止が可能だったんです。
 でも、あと数秒遅れていたら、そのまま半年前から本物の鷲宮楓の意識は向こう側の世界だったでしょう。
 ですが、3ヶ月前から本物の鷲宮楓の意識は向こう側の世界なので、結局、同じ事をやってるわけです。
 なので、別に半年前に完全に転送しても良かったんです。」

「なるほどな…そういうリスクは仕方ないのかもしれんな。
 ちなみに、こちら側の世界から 『HBD-M』 を使って向こう側の世界の自分達を操るってのは出来る?」

「すみません…おそらくHBD-5000は、その機能もあると思うのですが…そこまで再現は出来ませんでした。」
「だよなぁ。てか、どんだけ高度なんだよ…うちのシステムは。」
「悔しいです。あと一歩で完全に手の内だったのですが…もう開発に時間が無かったんです。」
「いやいや、お前はよくやったよ…俺でも頭が上がらない…汗」
「ど、どうも///」



「あともう一つ。これはよっぽどの事がない限りありえないと思うが…
 もし、『HBD-M』の電源が落ちたり壊れたりって事が起きたら…」

「大丈夫です!そこは楓のコピーである私がしっかり責任をもって厳重に管理します!!
 万が一の事が有っても必ず復旧作業をするので、一生この世界に戻れないって事は無いですよ。」

「おぉ、頼もしいな。」




鷲宮楓のコピーである私は、とにかく洋祐さんの意識を転送させる事を
 第一に行動するよう意思を持たされています。」

「…もしそれを断ったら?」
「前にも言いましたが、私と会った記憶を消します。」
「ふむ…まぁここまで聞いたんだから、断る訳にはいかまい。断る理由も特に無いしな。」
「そ、それじゃ…!」

「あぁ、意識の転送を許可する。お前を信じよう。」

「ありがとうございます!洋祐さん!!」
「その 『HBD-M』 って遠隔操作は可能なんだろ?」
「はい! 『HBD-L』 の時から遠隔操作はバッチリです!」
「まぁ、でないと1年前の実験は出来なかった筈だしな。」
「そういうことですー」
「じゃあ話は早い。お前の事だ、どうせ俺のアパートの住所も割り出してんだろ?」
「えへへ♪」
「(住所まで特定するとは…この子、絶対敵にしたらアカンわ…汗)」
「でもメルアドとかは流石に分かんないのです。」

「とりあえず俺はもう東京に帰らなくちゃならない。俺の名刺を渡しておく。
 そこにメルアドも書いてある。後日、連絡してくれ。」

「あいあいさー!」
「準備が出来たら…頼むぞ、楓さん。」
「はい!一緒に成功させましょう…洋祐さん。」
「あぁ、成功させよう。何としても真実を突き止める。」


俺と楓は気付くと、自然に握手をしていた。それぐらい意志は固いものとなっていた。


「じゃ、俺は東京に帰る。鷲宮楓と言ったな。また会えたら会おう。」
「はい、佐倉洋祐さん。また会えたら会いましょうね!」
「おぅ連絡待ってるぞ。…あと、楓。お前、結構可愛いから俺みたいな変な男に絡まれないよう気を付けろよ。」
「あ…はぃ…///」




後日。
東京に帰ってから数日後、見知らぬ宛先から1通のメールが届いた。楓からだった。

そこには、資料データが複数添付されていた。本文には一行だけ、こう書かれていた。

鷲宮楓です。添付資料をしっかり読んでおいて下さい。”



添付データを見ると、そこには

・楓が独自に再現した資料 『HBD-5000開発に関する中間報告』
・『HBD-M』 の詳細な説明と、使用時における注意点・警告・リスク
・作業Aシナリオ(記録と推測)と、フラグ分岐点

の3件があった。




俺は、彼女に会った時はあまり会話で触れていなかった、
最後の資料 『作業Aシナリオ(記録と推測)と、フラグ分岐点』 が気になった。
俺は、その資料欄をクリックして開いた。そこには、夥しい数の信じられないような内容が記されていた…

あまりの内容の濃さに、全てしっかりと読み終わるまでに、かなりの時間を要した。
熟読し終わった頃には、日付が変わっていた。
そろそろ寝ようと思っていた矢先だった。

再び、楓からメールが1通届いた。



本文には一行だけ、こう書かれていた。









“転送開始時刻は今日の深夜、3月25日23時54分。23時50分に電話連絡します。驚かないでくださいね。”