Wafty’s diary

情熱は止まらない 私達は進み続ける

【第42話 行方】 SPECIAL ATTACK APPLICANT

寝ようと思っていた矢先だった。再び、楓からメールが1通届いた。
本文には一行だけ、こう書かれていた。

“転送開始時刻は今日の深夜、3月25日23時54分。23時50分に電話連絡します。驚かないでくださいね。




俺はそれを見て一言、“分かった。”と返信して眠りについた。

そして、いつものように朝を迎える。
もうこれから当分見る事のない現実世界。そう思うと何処か物寂しい感じがした。
この日は休日だったので、特に目的もなく街を適当にフラついた。
けれども、今日もこの街は変わらず、いつもの空気が流れていた。



夕日に染まる、いつものアーケード商店街。
人が集う、いつもの駅前通り。
手作りコロッケが美味しい、いつもの肉屋。
窓際で雑誌を立ち読みする人を見かける、いつものコンビニ。
仲間達と一緒に帰る、いつもの高校生。
飲み屋がひしめき合う、いつもの高架下。
路肩に縦列停車している、いつものタクシー。
ジョギングをしている、いつもの健康夫婦。
消えかかりそうで消えない、いつもの街灯。
ボロいけど何処か味がある、いつもの俺の下宿アパート。






23時50分。楓から電話があった。

「それでは、23時54分に、転送を開始します。」
「転送する前に、最後に三つ聞いていいか?」
「手短にお願いします。」
「一つ目。何処に転送されるかは分かる?」
「分かりません…今の段階でも分かっていないんです…すみません。」
「じゃあ、二つ目。転送された先でお前に会える?」
「わっ私にですか!?/// えぇ、多分会えると思いますけど…ただ、何処に転送されているのかが不明で…



「では、最後の質問。  お前が好きな言葉は?」





「? うーん、そうですね。実にシンプルな言葉ですけど、

” The sky is the limit ”

…私にとっては、かなり思い入れがある言葉なんです。けれど…何故こんな事を聞くんですか?」






「…いや、何でもないんだ。ただ聞きたかっただけさ。」
「へぇーやっぱり洋佑さんって、変わってますね♪」
「楓も十分変わり者だよ。」
「テヘヘ♪ ふぅっ、それでは…そろそろ始めます…」
「あぁ、やってくれ。」

ガチャッ
ツー、ツー、ツー、…


電話が切れた。しばしの沈黙が訪れる。












ドクンッ




一瞬、自分の鼓動が耳に聞こえるくらい大きな音がした。時計を見ると、23時54分になっていた。

“キィ―――――――― !!”
「ッ!!」

直後、モスキート音のようでモスキート音では無い凄まじい高音と共に、大きな頭痛が襲ってきた。
耳を塞いでも、その高音は弱まらなかった。むしろ強くなっているように感じた。
次第に視界がボヤけてきたかと思うと、一気に暗転した。
しかし、それ以前に目を開けていられないような高音に耐えるので精いっぱいで、目は殆ど閉じた状態だった。

まるで目の前をジェット機が通り過ぎるのを待つかのような、時間がおそらく数分ぐらい続いた。
次第にその凄まじい高音は徐々に治まっていった。
その高音が完全に治まる頃になって、やっと俺は目をほんの少し開けれる状態になった。



まだ大きな頭痛が頭の中で響く中、俺はゆっくりと目を開いていった。

















辺りは真っ暗で、どうやら草地の上らしかった。
身体に絡み付く草と冷たい空気をすぐに感じ、視界には星空が広がっていた。
さっきまで俺は自分の部屋にいたはず。なのに、今は野外…?ここは一体何処なんだ?
ふと身体を起こすと、自分の姿が人間で無いことに気付いた。

「マジかよ…」

そこには紛れもない、デオキシスの姿があった。同時に、ここが別の世界だということも察した。

「本当に、ここがあのゲームの中なのか…?」

俺はまだ信じられなかった。
人は目の前で起きる事実を無意識に改変して極力、自分の都合の良い響きに直す習性があるという。
今の俺が正にそうだ。
世界が一つだという固定観念に囚われているから、目の前のこの世界を認識しようとしない。
確かにゲームの中ではある。しかし、メンテナンスの放置によって生じた原因不明のバグにより
意識や感情を持った今の彼等にとっては、この世界こそが現実であり故郷…彼等に罪なんて一つも無い。
全て人間が起こした事じゃないか…。彼等はただ穏やかに平和に生活していただけだ。
全ての人間に反感を抱くなんて事は、この戦争を始めるまで歴史上一度も無かった。
そんな彼等の何処に脅威なんて存在する?
一番の脅威は、この世界を作り出した人間の方じゃないのか…?







“…それでも…私達は間違っているんでしょうか……”

楓が震えながら言ったあの言葉が浮かんだ。悲壮感漂うあの言葉が俺の脳内に焼き付いて離れない。






何か行動を起こさなければならない。
約束したんだ彼女と。
絶対に真相を突き止めるんだって。


楓は確かこの世界と人間世界の時間、気象は相互関係にあると言っていた。
だから現在時刻は転送時間から判断すると、おそらく3月26日の0時過ぎ…開戦まであと5日。
それまでに何かしらの行動をしなければ。

「とりあえず、楓の手掛かりを探さないとな…」

俺は慣れない身体を起こした。微妙に宙に浮く感覚に慣れようとした所だった。




シュッ!!シュシュッ!!

「!!」

突然、背後に何かが複数刺さった。
俺は咄嗟に後ろを振り向こうとしたが、振り向く前に意識を失った…










「それから…どうなったんですか?」


4月21日午後9時46分
ジョウト本拠地。
セレンが真剣な眼差しで、これまでの俺の話を聞いている。

大戦果となった『S-TF 2.3.1』作戦後、俺はセレンに
「自分が必要以上にセレンに接触しているのはセレンを殺すためだった」という事を明かした。

彼はすぐさま警戒体勢を取った。幸い、近くに航空隊の兵はいなかったため遠くの航空隊の兵からは俺達の姿は単なる内輪もめにしか見えなかったようだ。俺とセレンのFlexの通信機能も予め俺が塞いでおいた。
しかし、俺はすぐにセレンに真意を見抜かれた。俺が元々現実世界の人間であることも見抜かれた。
そしてジョウト本拠地に戻った後、ここまでセレンに真相を全て語った。

シナリオでは、セレンは最重要レベルの鍵ポケモンになるとの予測が出ていた。
したがって、これまで人間側はセレンを予め封じるために空中戦ではセレンを重点的に狙っていたはずだ。
俺は鍵ポケモンである彼を追えば、何かしら戦争の変化の糸口があるのではないかと思い、セレンに近付いた。

だが、俺とセレンが会った事でシナリオが変わった。おそらく会社側が動いたのだろう。

人間側はセレンに関係なく不意討ちを突いた攻撃を増やすようになった。
シナリオが変わることで犠牲者も増えていった。
俺はセレンに真実を伝えなければならないと思った。
しかしセレンはもう俺をすっかり味方であると信じ込んでいる。だが、信じ込む時が一番過ちを起こしやすい。
だから、俺はあえて真意とは逆の発言をセレンにした。彼に危機意識を常に持って欲しかったからだ。
彼は改めて、敵はすぐ側にいるという事を身を持って感じただろう。
結果として、すぐに真意を見破られてしまったがそれでいい。
セレンには全ての人間が敵では無いことを知って欲しかったのだ。
全ての人間に対する不信もまた、一つの信じ込みなのだから。


セレンに自分の真意を見抜かれた事で分かった。
この現状を変えるのは、きっと彼のような若くても揺るぎない精神を持った小さな主人公だということを。
だから俺は…いや私は、この子を改めて守り抜く事を決めた。





けれど、一つ気掛かりなのが楓だ。
転送以来、私は彼女の手掛かりとなるような情報を全く聞いていない。行方不明のままとなっている。
しかし、彼女がこの世界にいるのは確かな事で私と同じく何らかの行動を取っているはずだ。
私と同じように、また彼女も不条理なこのゲームを戦っていることだろう。





楓…君は今、何処にいるのだろう。