Wafty’s diary

情熱は止まらない 私達は進み続ける

【第45話 動き出した時】 SPECIAL ATTACK APPLICANT

4月22日午前3時00分
ジョウト本拠地 情報部資料室

整然と並ぶ資料棚が作り出す隙間と隙間との間に、彼女達は身を潜める。

「何があったの、言いなさい。」

アルフィーネは、床にしゃがみ込むミライの手を握る。
ミライの手は血の気が無くなったように冷え、口を開かなかった。






「…言えそうにもない、か。」

「…………」

「…止まっていた何かが動いた気がしたの。ずっと止まっていた何かがね。
 胸のざわつきというか予兆?予知とは違う何かを直感的に感じた。
 具体的に言うと、あなたがここから消えてしまうような……」

「…………」

「まさかと思って、急いで本拠地に戻って情報部に行ったら、いとも簡単に情報部の中に入れたから
 尚更驚いたわ。普段、関係者以外立入禁止区画のこの場所に、私が入れる訳が無いもの。
 けれど、普段と様子が違った。情報部のメンバー達は私の姿を見ても全然気にしなかったの。
 それどころか、いつも情報部中央制御室にいるはずの貴方がそこに居ない…
 メンバー達に聞くと“ミライは資料室に行った”との話……
 私は資料室前に向かい、ゆっくりとそのドアを開けた……嫌な予感は的中したわ。

「……………」

「ハッキリとは断言出来ないけど、おそらく、
 情報部のポケモン達は気付かない内にあの影によって意識操作されていた。
 でも、影の本当の狙いはミライ…貴方という存在の消去。

「……………」

「私にはそうにしか見えなかった。現に私が影を消し去った直後、再び中央制御室を覗いたら
 情報部のメンバーが貴方を探していたわ。私は事情を彼等に話して、暫くミライに付き添う許可を
 貰った。彼等もそこまで深く私達の関係に入るつもりは無いみたいよ。でも…本当に無事でよかった。」

「……………」

ミライはアルフィーネの手をほんの僅か強く握った。










「ミライ、あの影は誰なの?」

「…………」

「知ってるんでしょ?でないと、初対面であれだけ卓越した会話は出来ない。大丈夫。
 今、私に言っても貴方の言う“シナリオ”には影響しない。私が行動しなければいいだけ。
 なかった事にすればいいだけの話よ。一体誰なの?」





「…………」





「…そう、あくまでも黙るの…貴方らしいわね。」













「……脚本家みたいなものよ…」

ミライが口を開いた。


「え…?」
「このゲームの。
シナリオライターって事?」

「もっと言及すれば“シナリオ”が書き換わるポイントを予め知っている存在。
 アルフィーネは知らないでしょ?今のシナリオが何回改変された物なのか。」

「…何回改変されてるの?」
「5回よ。」
「そんなに…」

「1回目はシンオウ無人船。シークって特派員がいたでしょ?あなたは病棟で会ったはず。
 彼が特殊な存在であるのは何となく分かっていた。シナリオでは、あの無人船は簡単には
 沈まない予定だったの。けれど、彼が無人船を沈めるのを見て確信したわ。
 彼は人間界のエージェント、わけありのね。」 

「あれが人間界の使者なの?どう見てもデオキシスにしか見えなかった…」

けれども彼は、私達には絶対に手を出さない。むしろ人間界と対立しているくらいよ。
 ただ、それにも理由があるみたいね。

「だから“わけあり”か…対立しているのは私達だけじゃないのね。」




「2回目以降の改変は人間界側の戦略改変だけどね。
 ……彼はおそらくもう…あの子に全てを伝え終わった頃かしら。」


「…セレン君の事?」

アルフィーネがそう言うと、ミライはアルフィーネの手を離し、立ち上がって書類の整理を始めた。



















「…あの子にはね、私も知らない何かが仕組まれているらしいの。
 何回シナリオが改変されても、この設定は変わっていないみたい。
 シークさんは最初からそれに気付いてたみたい。」


中越しに聞こえるミライの声は少しばかり震えていた。






「ミライ…」

明るい声で話そうと意識している彼女の声が、尚更、アルフィーネには堪えられなかった。


「いいの。セレンはね、きっといつか気付くと思うんだ、その事に。
 でも気付くときには、もう、皆ここに居ないのかもしれないね。」

「…………」

今度はアルフィーネが黙り込む形となった。




「だから…彼は独りぼっち。私と同じなの。だからこそ、私は彼と一緒に今を生きていこうとするのかな。」

「…………」

「それにね、セレンを見てると何だか懐かしく感じるの…」

「(…?)」







走馬灯や前世の記憶みたいなものだろうか。
初めて会ったはずなのに、初めて行った場所なのに、妙に懐かしくなる時がたまにある。
頭の何処かで記憶していたとしたら、一体いつ記憶したのだろう。
自覚がない間に、脳は記憶し続けるというが、マテリアルが無ければ記憶は発生しない。夢と同じだ。
じゃあ、俺とミライは一体いつ何処でそんな記憶が残ったのだろう…?





ミライは書類を整理し終えると、アルフィーネと共に中央制御室の方へと歩き出した。

「…すっかり世話になったわね。ありがとう、恩に着るわ。」
「いいのよ。親友として当然の事をしたまで!何時でも呼ばれりゃ直ぐに駆け付けるぜ!シャーッ!!」
「あはは、相変わらずね、アルフィーネは。」
「まぁ、私ぐらいは明るいキャラ演じないとね!やってらんないっすよー、うんうん。」
「いいな、そういうの…尊敬しちゃうな。」
「そんな事ないわ。貴方の方が何倍も凄いわよ。」
「えへへ、そうかな。」

「もっと自信持ちなさい、ミライ。」
「うん…♪」






中央制御室からミライに見送られるアルフィーネは、背中越しに最後に一言呟いた。




「…あと、貴方は独りぼっちじゃないわ。私が居るし仲間達も居る。そして何よりセレン君がいる。
 寂しくなんか無いわ。貴方の味方は沢山いるの。だから、もっと私達を頼りなさい、ミライ。」



ミライにとって、その一言はあまりにも哀しく響いた。


「うん、ありがとう…」



これから向かう未来には…
もう真実しか待ち受けていないのだから――――――――――― …















動き出した時はもう止まる事は無かった。

シナリオは再び静かに、確実に進み始めた。


まるでルートを全部クリアしたゲームの様に。


























「よぉセレン、お目覚めかい?」

また朝が来た。
戦争が始まってから、もう何日目の朝だろう。
何時だって俺は朝が嫌いだった。また今日も誰かを不幸にさせるのかと思うと悲しかった。 
誰かを幸せにするために生きたかったはずなのに…
結果としていつも誰かを悲しませている気がしてならない。
そして、そう思ってしまう自分も悲しかった。
けれども…それでも朝はやってくる。何も変わらずに。


「先輩…今、何時っすか…?」
「朝の6時12分43秒ってところだな。」

「…なるほど。細かい。」
それでも眠いものは眠い……zzZ…


「おいおい寝ちまったよ。誰か、セレン君起こしてやって。」
はは、一体誰が俺を起こすんだろ。見物だ。


「ここは…俺に任せて下さい。」
お、誰か来た。さぁこの俺を起こすことが出来るかな?





「…敵が上陸したぞ、セレン。」


「!?」
俺はとっさにその場を起き上がった。

「ハヤテ、セレン君起きたぜ。」
「さんきゅー。」
「んじゃまた。」
「おう。」

いやいやいや!待て待て待て!!!
流石に冗談がきつ過ぎると感じたのは俺だけだろうか。







…冗談だよな?



「先輩…今の冗談ですよね…」
「………それも時間の問題だ。」
「冗談…じゃないんですか…?」
「現実になるのも…今日次第だろう…」





ザァ…


風が吹いた。蒸し暑い風が肌に当たる。ここは航空隊の野営地。
季節は初夏というよりすっかり夏だった。湿気と熱気は朝から容赦なく、自分達を襲う。

S-TF作戦で壊滅したはずの敵主力艦隊は僅か数週間で、更に数倍の勢力規模で出現した。
圧倒的物量の前に、海上隊を初めとした各部隊は苦戦を強いられ、
最終的に上層部にて長期持久戦への方針が決まり連合軍側は敵主力艦隊の完全壊滅を断念。
ジョウトだけに限らず、各地方も同様の状況を辿っていた。





死と隣り合わせだという現実。
残酷で無慈悲な現実。

もう沢山だ。沢山過ぎる。
沢山過ぎるのに…流れる時間がそれを許してはくれない。

“これから向かう未来に真実はある”

ミライの言葉を思い出す。もう彼女にも一ヶ月近く会っていない。無線越しに声を聴くだけだ。
彼女の言う真実に立ち向かう為に、避けられない戦いが幾つもある。
俺はまだ見ぬ真実が何なのか分からない…ただ、毎日を生き残るのに精一杯だった。
何度も逃げ出したかった。でも…それでも、時は止まらない。



時間は何時だって正直で、残酷だ。
後戻りなんて初めから出来ない―――



ザァ…

高台にある航空隊の野営地からは、その様子が手に取るように見えた。
無数の黒い艦影が海上に見える。あと数分したら、そこから激しい艦砲射撃が繰り広げられるのだろう。
最初からこうなる事は、彼女もアルフィーネさんもシークさんも分かっていた筈だ。
本当なら…今、目の前にある光景は戦争が始まった4月1日に起こるはずだったものなのだから。









かつて、人間界でも実際に4月1日から戦闘を開始した戦いがあった。
後に、この戦いは“沖縄地上戦”と呼ばれる事になる。

Love Day ―――
1945年4月1日。この日、米軍は日本軍の最後の砦である沖縄本島に上陸。
午前7時20分の艦砲射撃を皮切りに沿岸部を中心に、100メートル四方に25発という容赦無い砲弾の雨を降らせた。午前8時半、米軍の上陸部隊は渡具知・水釜海岸に殺到し上陸を開始。
しかし当時、日本軍側からの応戦は1発も無く気配すら無かったという。
午前10時、嘉手納・読谷飛行場に突入した米軍が見たのは、やはり無人と化した広大な飛行場とスクラップ状態の戦闘機や格納庫の残骸、偽装砲などが冷たい風にさらされているにすぎなかった。
日本軍の姿は1人も無かったのである。
死闘80日の始まりにしては、静かな始まりだった。
米兵達は「今日はエイプリルフールだから日本軍にいっぱいくわされたのだ」と笑い合った。

しかし、この後、彼等には想像を絶する地獄の戦いが待ち受ける事になる…








今、目の前で似た光景が始まろうとしている。
この馬鹿げた戦争も4月1日に始まり、事前通告もあったのに、あの日は何も起こらなかった。
実際の歴史とは異なっていた。

そして一隻の無人船がシンオウに現れた。
…何故、今この光景を俺達は見ているんだろう。世界がループした感じは無い。
それこそ、シークさんの言うシナリオ改変によって生じた事なのかもしれない。




けれど…もうそんな事を気にしている時間は無い。







進むしかないんだ。

ずっと待っている…
真実を突き止めようとしている…
あちら側の世界の誰かのために。

君は一体誰なんだ?
どうして君は俺を選んだ?



教えてくれ…

戦いの、その先に待っている
“全て”を知っている、誰か…!






























間もなく午前7時20分になる。

ずっと止まっていた時が、今、動き出す――――――