「そっか…まさか本当に、全ブルートレインを廃止するとはね…」
街中で理容師をしている彼は私の髪を切りながら、静かにそう呟いた。
40歳を超えた彼は理容師である反面、鉄道旅行が好きな一面を持つ。
私と同様これまで全国各地を旅した経験があるそうだ。したがって、自然と私とも気が合う。
彼のもとに髪を切りに行く度に、嬉しそうに私に旅の思い出を語ってくれる。
聞き手である私も思わず嬉しくなってしまう。特に思い入れのあるのは、夜行列車の旅だそうだ。
夜行列車で遠くの地に行く独特の魅力は、若い時から本当に好きだったと彼は語る。
かつて、ブルートレインや夜行列車が全国各地至るところに走っていた時代。
夜行列車は旅好きな人たちにとって憧れであった。
忙しい時間から抜け出し、夜汽車が奏でるジョイント音を子守唄にしながら闇夜を駆け抜け、
列車の中で朝日を浴び、目的地に着く――― 気が付けば、もうそこは別世界。
そんな日常から離れた不思議な時間を与えてくれる夜行列車の雰囲気は他では味わえない。
その夜行列車の栄光であり、黄金期を飾ったのが 『ブルートレイン』 と呼ばれる寝台客車であった。
利用するお客様に静かに寝てもらおうという願いを込め、車両全面を青一色に塗った車両。
内装の豪華さから、初めに登場した20系客車には 『走るホテル』 という愛称までついていた。
食堂車で食事をしたり、魅力的な寝台でわくわくした思い出は、一生忘れられない思い出になる。
当初は高額だった寝台列車も時代が経つにつれて、庶民にも比較的利用しやすいものとなり、
ブルートレインで多くの旅行者が旅の思い出を作っていった。
それから約半世紀―――
時代は変わり、ブルートレインは利用客の減少と他の交通手段との競争の激化によって
姿を次々に消していった。私の住む地元からも姿を消し、かつての栄光は過去のものとなっていった。
ブルートレインの時代は終わった。
書店に行けば、ブルートレインの旅を特集した雑誌が数多く置かれている。
それらが、新幹線と引き換えに、あと2年ほどですべて消えてしまうことになる。
これは、日本の鉄道旅行の文化のひとつが消失するに近い。
儲からない乗合夜行をバッサリ捨ててしまおうという傾向が今の現状だ。
こんなにも早く終焉を迎えるとは…その日が来てしまうとは…
でも、これが、これからの鉄道情緒が生き残っていく選択肢なのかもしれない。
時代が入れ替わるかの様に今、鉄道業界では超豪華寝台列車ブームが到来しようとしている。
私達は、これから旅の形についてシフトチェンジする時が来ようとしているのだろう。
終わり