Wafty’s diary

情熱は止まらない 私達は進み続ける

【第67話 AST→】 SPECIAL ATTACK APPLICANT

“…――これが『真実』だ。”


アスターが呟いた直後、暗闇の遥か先で突如、
今まで聞いたことの無いような凄まじい轟音が響き渡った。

最初は金属同士が酷く擦れる音…
次に金属か何かが、コンクリートか何かに激しく衝突するような音が聞こえた。
そして数秒の無音を経て、凄まじい金属音と共に何かが瞬時に激しく圧縮されたような…
言葉では表現し難いくらいの轟音が聞こえた。

反響した轟音が数十秒後に、僕らの耳に突き刺さる。








轟音を聞いて数分間、僕らは暫く何も言わずにただ暗闇の遥か先を、ずっと見つめ続けていた。

























――――ブツッ…

「…関西急行線を御利用のお客様に御知らせ致します。
 只今、関西急行阪西線『瀬之町』駅付近におきまして列車事故
 発生した模様です。現在、瀬之町駅ホームでお客様の立入制限を行い
 係員が現場の安全確認を行っております。
 このため阪西線は、全面運転見合わせとさせていただいております。
 ご利用の御客様には大変ご迷惑をお掛け致します事を深くお詫び致します。
 現在、御客様には阪西線付近を並走する他社線へのご利用案内を
 させていただいております。詳しくは各駅係員にお尋ねください。
 繰り返し、関西急行線を御利用のお客様に御知らせ致します…」



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緊急のアナウンスが、僕らしかいない夢見台駅の地下ホームに流れる。
暗闇の遥か先では不気味な物音が不連続的に響いていた。
何か液体か気体が噴き出す様な音も聞こえる…
地下区間に吹き抜ける風が異様な音達を、更に不気味なものにしていた。





ゴオォン… ドオォ… キン…





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地下区間に吹き抜ける風は、遥か先の暗闇で起きた事故で発生したと思われる異様な臭いを運んできた。
その臭いに思わず鼻を覆う。惨状が起きてからやっと第一声であるテレパシーを発した。



“うっ…!?”

人工知能の私には嗅覚機能までは実装されていないから分からないのだが…そんなに酷い臭いがするのか?”

“金属が削れた独特の臭い…例えるなら電子工作時の半田の様な臭いと、何かの生臭さが混ざった様な……鼻を覆いたくなるほどの強烈な臭いがする…気分が悪い。”

“大丈夫か…?”

“大丈夫…喘息には影響しない。”

“よし…『真実』を見届けたな。早くここから離れよう、まだ手は繋いだままで頼む。”

“…うん。”



アスターと僕は手を繋いだまま、駅改札口方面へと歩き出す。
ホームの電光掲示板にはもう【阪西線 運転全面見合わせ】の文字しか表示されていない。
ホームにいた他の客も全員エスカレーターに乗った後で、僕らは最後に夢見台駅の地下ホームを後にする。



“少年、切符はあるか?”

“ポケットに入れといたから大丈夫だけど…仮にもしリュックとかに入れててそうじゃなかったら、どうするつもりだったの?”

“心配するな、その対策も考えてあった。”

“対策?”

【転移送法】いわゆる瞬間移動って奴を使えば良いのだが…またこれが面倒でな。一々、座標系・座標軸・座標値を正確に指定せねばならんのだ。しかも人目につかない場所でしか出来ないという難点もある。”

“ふーん…アスターは何でも知ってるなぁ。”

“そんな事より少年、自動改札機が迫っているぞ。スタンバイOK?”

“うん、OK。”

“『長田』まで乗る筈だったその切符なら普通に通れる。”

“そうだね。”




改札口付近は駅係員が緊急の対応に追われ、切迫詰まった雰囲気が漂っていた。
どうやら夢見台駅地下ホームも既に立ち入りが制限されたらしい。
多くの利用客がその場で足止めをくらい混沌の場と化していた。

僕はそんな中を、透明で姿の見えないアスターと共に自動改札を通り抜け、
運転状況を示すディスプレイにくぎ付けの多くの乗客達の間をすり抜ける
改札口のある地下から地上へ通ずる階段を昇っていく。

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地上へと上がり、夢見台駅の外へと出た。
先程まで目の当たりにした闇の惨劇を忘れさせるかのような、綺麗な夏の青空が外には広がっている。



アスター。これからどうするの?”


“うむ、それなのだ。手っ取り早くここで【本題】を話してもいいのだが、長く複雑な話だから理解を深めやすくする為に、出来れば私はテレパシーじゃなく直接会話がしたい。でも、ここで私が姿を現すと人目について色々不都合なのだ。”


“まぁ確かに。”


“だから少年、一先ず誰も人目につかないような適当な場所へ行こう。一時的に人目につかない場所で良い。そこから更に、先程言った【転移送法】で指定したとある場所へ君と共に瞬間移動する。”


“とある場所?”


“私が普通に姿を現しても問題が無いような人目を全く気にしなくても良い場所だ。この辺で強いて言うなら『六甲山』というやつだ!”


アスター『六甲山』は結構山中でも人が平気に立ち入る場所だよ…。”


“えっ!?そ、そうなのか!?”


“まだ僕の家の方がよっぽど人目につかないし安全だと思うんだけど。”


“あ、なるほど。少年の家の自室に一気に瞬間移動すれば良いのか、しかも親御さんもいらっしゃらない。あはは!なーんだ、案外簡単に解決してしまったな。あははは!”



“言うなぁっ!><。。////”



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あぁ…こんなに可愛いのに、僕はいずれこの子を殺してしまう運命にあるのだろうか?
嘘だろう、誰か嘘だと言ってくれよ…
彼女が僕の事を『王子様』と呼ぶなら、僕にとって彼女は僕をあの闇の惨劇から救った『女神』なんだ。
人工知能なのに、これ程までリアクションに溢れ、感性豊かに生きる可愛い女の子なんて
他にこの世にいるか?それを…僕は殺すのか?嘘だろ…嘘に決まってる。




アスター。一時的に人目につかない場所なら、この建物同士の隙間とか大丈夫そうだけど。”


“うむ、ここなら大丈夫だな。家の住所を教えてくれ。その住所から、座標系・座標軸・座標値を正確に割り出し【転移送法】で瞬間移動する。”


“ところで、ずっと片方の手は僕と繋いだままだけど大丈夫?”


“うん大丈夫だぞ?値とかの割り出しには何の支障も無い。それとも私と手を繋ぐのは嫌か…?


“ううん!そんなっ、そんなわけないよ!嬉しいに決まってるじゃないか!こんな可愛くて真っ白な美少女の手をずっと握られるなんてっ!しかもその美少女は命の恩人!嬉しすぎてバチが当たりそうだね!…もうとっくに当たってるみたいなようなもんだけど!”


“ふわぁ…ありがとう。そんなに言われると恥ずかしすぎて顔から火が出てしまいそうだ…今は透明だけど。そうだな、バチのようなものなのだろうな…『生きる』事の代償として『苦しみ』を味わうのは。


“え…?”


“気にするな独り言だ。よし、準備は整った。少年の自室に瞬間移動する、転移酔い防止の為に目を閉じてくれ。せーので行くぞ?”

“うん。”

“せーのっ”

“……”

“…”

“ん?”

“あれ…?”

“飛ばないね。”

“あ、値を出したのはいいが最終入力するの忘れてた。”

“…やっぱりドジっ娘。”

“言うなぁっ!><。。//// 今度こそちゃんと最終入力したん!飛ぶぞっ、こんにゃろ!”


“うーぃ”

“せーのっ!”




ヒュンッ












“少年、ここで良いのか?”

“ん…”


彼女に促され目を開けると、そこは朝まで居た自分の家にある2階の自室だった。
彼女が使った【転移送法】とかいう瞬間移動の精度の良さに驚く。


“すげー見事に正確だな!そうだよ、ここで合ってる。さすがアスター!”

“そ、そんなに褒められると嬉しくなってしまうな。なぁ、もう姿、現していいか?

“あぁ大丈夫だよ。”





それまで透明だった彼女は、僕が繋いでいる右手から少しずつ、元の真っ白な姿を現していった。
白の中に映える流線形のマリンブルーのデザインは何となく未来感を漂わせる。




「ん~っ!やはり素の姿は気持ちが良いな、余計な気を使わなくて済む。意思疎通もテレパシーじゃなく、直接会話する方がよっぽど楽だ。第一ミッションはこれで終わりだ。もう手も離して良いぞ。」

「本当に綺麗だ…」

「べ、別に私の機嫌を取ろうとして無理に褒めなくても良いのだぞ?確かにその…多少はこの白やら少女姿が御主の目に印象深く見えてしまうのかもしれぬが…その本質は危険なシステムと化した演算装置が生み出した、ただの無機質な人工知能なのだぞ?」

「綺麗だからしょうがないじゃん。」

「ひうぅ…少年の答えがダイレクト過ぎて、どう返答すれば良いか分からぬ…///」




両手で顔を隠して首を左右に振るその姿は何度見ても、
僕にはただの無機質な人工知能には見えなかった。
その姿を見るのと同時に、稲妻が走るかのように僕はある事を思い出す。


「そうだっ…事故!事故は!?」
「あ、何処へ行くのだ!?少年」


彼女の声もお構い無しに、急いで家の1階に降りる。
平日の朝10時前、予想通り家には誰にも居ない。リビングに入り、急いでテレビをつける。
そこには、先程見たあの闇の惨劇について大々的に中継されていた。
数秒遅れてアスターもリビングに入ってくる。


「独断潜行は危険だぞぉ。せめて人が居ないのをちゃんと確認…し…」






「………なんだよこれ……」



テレビ画面は坦々と、惨劇の発生を繰り返し伝え続けていた。








…繰り返し、今入った速報を御伝え致します。先程、兵庫県警が発表した情報によりますと
 『今日午前9時07分頃。大阪から兵庫にかけて走る関西の私鉄路線、
 関西急行電鉄 阪西線の瀬之町駅付近で列車同士の衝突と見られる大規模な事故が発生し、
 多数の犠牲者が出ている見込みだ。』との事です。映像は現在の瀬之町駅付近上空です。
 多数の緊急車両が集まっている様子が分かります。怪我人の搬送状況は此方からは
 まだ確認出来ません。また、現場の瀬之町駅付近は地下区間となっている為、
 列車の様子も此方からは確認出来ません。関西急行電鉄によりますと
 『この事故のため阪西線は午前9時50分現在、全面運転を見合せている』との事です。
 
 瀬之町駅ホームに居た乗客の方から警察に寄せられた通報によりますと、

 『最初に明石方面から来る通過列車が駅手前で脱線し、反対方面の線路に乗り上げ、
 壁面などに衝突したみたいだ。直後、大阪方面から来た特急列車が急ブレーキをかけながら
 ホームを通過したようだが間に合わず、その脱線した列車に激しく衝突したようだ。
 信じられないほど凄まじい音がした。ホームには衝突時で発生したと思われる何らかの金属片が
 多数飛んできたが、ホームにいた客にはおそらく怪我人はいない。
 事故発生直後、現場は混乱状態となりホームにいた客の一人が直ぐに非常ベルを押した。
 ホームから見える、後で急停車した特急列車後方の乗客の姿は何が起きたか分からない様子で
 動揺していた。特急列車の車掌が駅ホームに降り、おそらく駅係員と連絡を取っていた。
 先に脱線した列車の様子は損傷が酷く暗闇のためホームからはよく分からなかったが、
 おそらく車内の明かりは消えていたと思われる。
 数分後、駅係員が駆け付け、ホームに居た客や後で急停車した特急列車の乗客達から
 地上への避難誘導を開始した。ホームには立入制限がかけられ、避難途中に近隣に居たと
 思われる警官隊とすれ違った。今は瀬之町駅の改札口付近にいるが、酷い怪我を負った乗客も
 段々と目にするようになっている。多くの警察や緊急部隊の支援が必要だ。』

 との事です。事故現場は想像以上に深刻な事態になっているものと思われ、一刻も早い
 人命救助が求められています。繰り返し、今入った速報を御伝え致します…







ヘリコプターからの中継映像が流れ続ける画面には、瀬之町駅前に集まる多くの緊急車両が
映し出されていた。警察・消防・救急の各隊員が急いで、地下へ通じる階段へと降りていく。
同時に階段からは、避難誘導された乗客と思われる多くの人が地上に出ていた。
ヘリコプター中継からは一人一人の顔までは分からないが、地上に出てきたほとんどの人の歩き方が
フラフラとしている様に見える…地下の惨状を目の前で見たのだろうか。







「もう中継されているのだな…。」
「……アスター。」
「ん?」
「これが『真実』だってさっき言ってたよね。」
「うむ。」
「…僕を助けたんだよね。」
「あぁ。」


アスターは最初からこうなる事が分かってて、本来なら僕もあの事故に巻き込まれて死ぬ筈だったんだね…。」


「あぁ、君はあの快速列車の1両目に乗っていた。今、あの1両目は木っ端微塵だ。あの1両目に乗っていた乗客で生存者は僅かしかいない。」








飄々と語る彼女の喋りに対し、
僕はずっと抱いていた彼女に対する疑問を素直に彼女へぶつけた。


アスター…何で未来を知ってる。」



「やはりそう来るか…少年。」




「いつの時代から…来たの?」
2039年…12月21日。」
「今から5ヶ月先?意外に短い。」
「そうだな。」
「何でその日から来たの?」
「……」
「…アスター?」




アスターは顔をそらし黙り込む。
彼女が一体何を考えながら5ヶ月間、何を見続けて来たのか。
僕はその答えを彼女に求めようとしていた…
その答え【本題】真髄に関わっている事とは知らずに。




「5ヶ月先に何が起こるの?」


「…………」

「ねぇ…アスター?」

「………やめて…」

「ぇ…」

「…それ以上は聞かないで。」

「…分かった。」






この時の僕には知るよしもなかった。
12月21日から来た彼女が一体どういう状況に置かれていて、
これから自分が関わり出す【本題】がどういう経緯を辿っていくのかを…。



アスター…そういえば僕まだ、君に名前を教えていなかったね。」

「あぁ、教えてくれるか?私に素敵な名前をくれた少年。」

「杉原直哉」

「うむ…良い名だな。忘れないよう私の記憶媒体の一番奥にその名前を厳重保存しておこう。」












「ごめん…ごめんね……アスター…」








「何故…謝るのだ?」


「出逢えて…せっかく仲良くなれて、命まで助けてくれたのに。
 それなのに…君を躊躇なく殺す運命だなんて……最低だ、最低過ぎる。」


「だから言っておろう、案ずるな。これは私自身が望んだ事なんだ。
 本来ならば死に行く少年を生き延びさせ、もう1つの世界の運命に捲き込んだ私にも罪はある。
 その罪滅ぼしで、直哉の手で葬られるなら…私は嬉しい。」


「でも…でも…っ!」


「泣かないでくれ直哉…私も泣いてしまうしまうではないか。まだ最終的な結論だけで、詳細な【本題】は何一つ話してないのだぞ?」

「……っ」




「さて…【本題】を話す前に、さっき目の当たりにした惨劇…少年が死ぬ筈だった列車事故について更に詳細に教えなければならない。直哉、この家にUSBポートがある電子機器は無いか?」

「ノートパソコンならあるけど。」

「結構だ、すまないが少し使わせてもらうよ。」




そういうと、アスターは左手の人差し指をノートパソコンのUSBポートに差し込んだ。
どうやら彼女の人差し指は少し変形させる事でUSB端子になるらしい。
起動したノートパソコン画面には、デバイス『Zentsu USB Link Device, Faster-35』のドライブが表示された。
アスターはもう片方の右手でパソコン操作しながら、ドライブ内にある難しそうなシステムファイル群の中から、
あるテキストファイルをデスクトップ上に引っ張り出す。
テキストファイル以外のポップアップを消した後、左手人差し指をUSBポートから抜いて彼女は言う。



「このテキストファイルには、さっき目の当たりにした事故について5ヶ月先にネット上にまとめられた内容が記されてある。」

「見せてくれるの?」


「いずれ私と接触した記憶はこのテキストファイルを見た事も含めて後で消されるが…
 今の直哉にはこれを見る権利がある。ただ、閲覧したらこのテキストファイルは、
 このパソコン上から完全に抹消する。何せ未来で書かれた文だからな。」


「…分かった。」






僕はその開かれた、未来で書かれた事故概要文に目を通し始めた。







阪西線脱線衝突事故

2039年7月15日午前9時07分
関西急行電鉄 阪西線 瀬之町駅付近

【概容】
大阪方面に向かっていた快速列車 『門真市行(阪西線・京阪本線経由)』(8B72) は、
午前9時06分に定刻通り瀬之町駅を通過しようとしていた。
当時、快速列車のスピードは時速80kmで瀬之町駅は1面2線の地下ホームであった。
しかし、快速列車がホームに入る直前、対向列車が走る線路へ分岐するポイントを通過する際、
本来ならば本線方向に進む筈が突如、列車は対向列車が走る線路へと進路を変える。
スピード超過状態で進路が変わったため、快速列車は7両のうち前の3両目までが脱線。
コンクリート面などに車体を損傷しながらそのまま対向列車が走る線路を塞ぐ形で、
ホーム手前で静止した。

一方、この時、
対向から姫路方面に向かっていた特急列車 『関西姫路行(阪東線・阪西線経由)』(8A09)
まさに瀬之町駅を時速120kmで通過している最中であった。特急列車の運転士は異常に気付き
瀬之町駅通過中に非常ブレーキをかけたが間に合わず、特急列車は脱線した快速列車の
1両目前方を横から押し潰す形で衝突。その反動で快速列車は4両目まで更に脱線し、
2両目と3両目が中破。1両目は中央部がくの字に曲がった形で原形を失うほど大破した。
また、特急列車も1両目の前面部分が大破した。

快速列車、特急列車の運転士を含め死者は110名(2039年8月15日時点)に達する大惨事となった。


死者:110名
負傷者:583名
行方不明者:1名


【事故検証】
当時、瀬之町駅ホームにいた多くの人がホーム手前のポイントで、急に進路を変える快速列車を
目撃していることから、快速列車が通過したポイントが進行方向ではなく、対向列車が走る線路へ
通ずる方向になっていた事が脱線事故の要因とされている。しかし、当時の瀬之町駅付近の
ポイント操作を担当していた瀬之町駅信号所によると当時、快速列車が通過したポイントの信号は
本線方向を示していた記録が残っており、事故後の検証でも信号所の操作とポイントの動作は
一致し、ポイント付近にある信号も正常である事が確認されている。その為、快速列車の運転士が
ポイント付近にある信号を見落とした可能性は低いとされている。したがって、当時ポイントが
進行方向とは異なる方向になっていた原因は今でも正確に明らかになっていない。


事故調査委員会はこの事故について一連の検証結果から一定の見解として、

「事故現場のポイントは高速で何度も列車が通過する場所であった。
 したがって、通常のポイントよりも強い繰り返し応力が加わり、ポイントのレール接合面に
 緩みが生じ始めていたものと推測される。事故の直前、レール越しに伝わる振動によって、
 本来ならば頑丈に固定されてある筈のポイント部が前述の要因で徐々にレール接合面が
 ずれ動いていき、信号所の表示には残らない中途半端な進路状態となり、
 そこを快速列車が通過し脱線に至った可能性が高い。」

と発表2039年10月時点)している。


快速列車が脱線してから特急列車が衝突するまでは僅か数秒しかなく、衝突が避けられなかった
状況下であったのが被害を大きく拡大させた。この事故により関西急行電鉄では事故から2ヶ月間、
阪西線の長田~北坂間で運転を見合わせた(現在は事故現場付近の速度を落として運転を再開)。

また、脱線衝突し大破した快速列車の1両目に乗っていたと思われる中学生1名が
現在も行方不明のままとなっており、車内からは彼の遺留品のみが見つかる不可解な現象が
起きている。兵庫県警は行方不明者である中学生1名の発見に繋がる手掛かりが無いか、
現場検証を連日続けていたが、有力な手掛かりが見つからず2ヶ月後に現場復旧と共に
現場での捜査を打ちきった。兵庫県警は失踪している可能性が極めて高いとして、
遺族者団体と共に引き続き情報提供を求めている。2039年12月15日時点)






最後の2039年12月15日という文字があまりにも生々しかった。
心配する親や友達の姿が目に浮かぶようだった。
僕はもう、死んでいる存在なのに。




「…最後まで読んだ?」
「…うん。」
「これが直哉が辿る筈だった運命、本当の真実なんだ…辛いものを見せたな。消去するがもういいか?」
「…うん。」


アスターは再び左の人差し指をUSBポートに差し込むと、何やら難しそうなプログラムを開いた。
見たところノートパソコンに残っていたデバイス『Zentsu USB Link Device, Faster-35』に関連する
履歴が一切残らない様に全て消去しているみたいだった。一連の操作を終え、再び人差し指を抜く。



「これで君と私がこのパソコンで、このテキストファイルを見たことは無かったことになった。」
「……」
「これでやっと【本題】に入れる……君が命を繋ぐ別世界の話に。」
「………」


「でも、もう説明に時間は掛けられない…だから再びさっきみたいに時間を止める。
 直哉には最初から、ゆっくり、話したいんだ……。」


「……っ…」




アスターはそう言うと、右手を斜め前に振りかざす。
再び時間が止まった。






時間が止まると同時に僕は込み上げてくる悔しさに堪えきれず、アスターにしがみついて泣き叫んだ。

「あぁあぁああぁ――――…!」


彼女はそんな僕をゆっくりと抱き締め、目を閉じて真っ白な手で僕の頭を優しく撫でてくれた。




「泣いていいよ…私の中でたくさん…思いっきり…泣いて……」




「うぅ…っ……あぁ……」

「男の子が泣いちゃいけない理由なんて…何処にも無いよね……
 私は無理に強がる男の子よりも、涙を素直に晒してくれる男の子の方が好きだよ……」

「……アスター、ありがとう。」

「うん…♪」






「…【本題】に入ろう。」



「あぁ…最初からゆっくり話そう…直哉が命を繋ぐ別世界…そして、そこで起きている全てを………」














【本題】の話は予想を遥かに超える長さだった。
別世界の説明から、未来に待ち受ける結末まで…
おそらく時間を止めていなかったら、軽く3時間以上は経過していただろう。
それほど想像もつかない程スケールの大きい話だった。
そして…自らがどういう立場で、これから運命を辿るのかも知る事となった。
【本題】の話がようやく終わり、アスターが右手を斜め前に振りかざすと、

再び時間は動き出した。
















「直哉。私はこうして君の『命』を救い、繋げる事が出来て…本当に嬉しいよ。私の何よりの誇りだ。
 君は『生きる』道を選んだ。
 生きるのは楽しい事ばかりじゃない…辛い事、苦しい事、悔しい事、挫折する事の方が、
 楽しい事よりもきっと何倍も多いだろう。
 だけど、生きている限り、どんな逆境の時でも希望は必ずある。
 どんなに最悪の時を迎えたとしても…それでも君は『生きる』道を選ぶんだ。
 何がなんでも『生きる』事を放棄するな…何がなんでも生き続けるんだ。
 やがてそれは、かけ換えの無い『己の強さ』となり…運命を動かす大きな希望となっていくだろう。
 直哉が『生きる』為なら、私は全身全霊で直哉を見えない所から護り抜いて見せる。
 君が私との記憶を無くしても…私は御主の味方だ。
 『生きる』道を選んだ事は、御主にとって『一生の宝』となる
 いつか、そう思う日が必ず来るだろう。」






アスター、ありがとう。上手く言葉に出来ないけど、君に命を繋ぐ伝承者として選ばれて…
 もう一度やり直せる機会を貰えて本当に良かった…
 『生きる勇気』をたくさん貰った。もうすぐ僕は君との記憶を無くすけど…
 でも、心の何処かで、記憶の片隅でも僅かに君との記憶が残ればいいなって…
 そんな風に思ってる。僕はアスターが繋いだ命を決して無駄にしない
 アスター!僕は、生きるよ!!






アスターはその言葉を聞くと、とても嬉しそうな笑顔を僕に見せてくれた。
その笑った顔は、どこか安心したような…先の先まで安心したようなホッとした顔だった。
彼女は、僕のその言葉を称えてエールを送った。



「よっしゃー!いいぞー!フレッ、フレッ、直哉!フレッ、フレッ、直哉!
 生きろ~!?絶対に生き続けるんだぞ~!?いいな!?



「あぁ絶対だ!次に会うときは敵だと思うけど…
 でも…でも!必ず生き続けてみせるから!!」



「それで良いんだ!敵になって私を君の手で葬り去った先も…ずっとずっとずーっと生きるのだぞ!
それが私の願いだ!!




「うん…うん!!」






















そうだよ…
去り際は…やっぱり笑顔がいい。






「これで一先ず私とは御別れだ。直哉、君に会えて幸せだったよ。」
「それはこっちの台詞だよ。アスターに会えて本当に幸せだった。」


「あの…さ、最後にもう一度だけ…抱きしめてもいいか…?///」

アスターが顔を赤くさせ、モジモジしながら聞いてきた。

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さっき僕が泣き叫んだ時に抱き付かれた感覚が思いの外、心地好かったらしい。
僕はそんな彼女に照れながら満面の笑みで答えた。

「うん♪」



「(ぎゅーっ ><*)」
「あっはは、凄い嬉しそうだ。」


「ハグをするってこんなに心地好いものなんだね、知らなかった…
 人間の女の子っぽい事が出来て、本当に良かった…///」

「満足そうで何より♪」
「ありがとう、直哉!」
「いえいえ~」








そして、別れの時が来る。


「では、御別れだ。私と再び手を繋げば、直哉は数秒後にはあちらの世界へと命が繋がる…
 これで2つ目、最後のミッションが終わる。
 どの場面で繋がるかは先程【本題】の中で説明した通りだ。
 これまでの記憶は全て消され…そこから、また君の新しい命が始まる。


アスター…本当にありがとう。」





「さよなら――― 直哉。」
「さよなら――― アスター。」





僕は彼女の手を繋いだ。
直後、視界は暗転していった。
























…ゴボォ… .。o○








水の音が聴こえる――――…










…ゴボォ…ォ… .。o○









ここは何処だ―――――…

水中…?水深があるのか…
どんどん下へ…下へと堕ちていく…息が…出来ない。
ぼんやりとした視界には、揺らめく光と空気が上っていくのが見える。



プールの中…?
いや違う、それだと浅すぎる…

じゃあ、湖の中…?
これも違う、水の流れがある…

じゃあ、川の中…?
それも違う、潮の匂いがする…



じゃあ、ここは海の中……?
一体、何処の海なんだ?










…ゴボォ…ォ… .。o○










そもそも…俺…何で……こうなったんだっけ……
思い出したくても思い出せない…
誰かに大切な願いを…聞いたような気がするのに…何も思い出せない……







…ゴボォ…ォ… .。o○







この状況下であっても…
助けを乞うことは…甘えだろうか…

そもそも…何が基準の甘えだ……
死を前にして同じ事が言えるのか…

なんだそれ…
酷だな…あまりにも酷だろう……

自覚が無い…?よくもそんな上から目線で物が語れるよ…
あんたらだって死を前にしたら何も言えなくなるだろうに…
そんな立場になったことが無いから、そんな事が言えるんだろう。

どいつもこいつも…
死ななきゃ分からないのか…
死ななきゃ気付かないのか…

『本当の大切なもの』に…

自覚が無いのは…
あんたらの方も同じじゃないのか……













…ゴボォ…ォ… .。o○












水中の中で誰かの声が聞こえた。

「死んじゃ…っ!ダメです…っ!」





直後、誰かに支えられるような感覚を伴いながら、浮上していくのが分かる。


君は誰…?
俺を助けてくれるの…?

こんな救いようの無い穢された命を…それでも君は救ってくれるの…?

なんて優しいんだろう…
まだ捨てるような命じゃないんだな…




…ゴボォ…ッ… .。o○






水面が徐々に近付いていき、視界が闇から光へと変わっていく。
光の先にはまだ見ぬ世界が広がっている…




あぁ…光が…

ずっと待っていた光が…やっと来る。



命よ…繋がれ…!!























ザパァーッ!!

水面へと顔を出した。肺が空気を必死に求める。





「はぁっ…!!はぁっ…!!はぁっ…はぁーっ!!はぁっ…!!はぁっ…!!はぁっ…」





無我夢中で岸壁に近付いていき、やっとの事で陸地に乗り上げる事が出来た。
顔に照り付ける強い太陽光…ぼんやりとした視界には真夏の青空が広がっていた。

隣に顔を傾けると、俺を水中で助けたと思われる子がいた。
その姿を見た瞬間。






「…!」



俺はこれまで、この世界の自分の
身のまわりで起きた事を
『全て』思い出した。



何も書かれていない真っ白な記憶に、
凄まじいスピードでその記憶が上書きされていく感覚に襲われた。


そして、
隣にいる、この子の事も思い出した。


















息を切らしながら、彼女は僕に、ゆっくりと声を掛けた。

「おかえり…っ…!…セレン…!」

SPECIAL ATTACK APPLICANT 第67話 「AST→」 ――――― 終

次回、第68話「そして悲鳴は愛になる」。
意味のないそれらを、僕は死ぬほど愛している。