Wafty’s diary

情熱は止まらない 私達は進み続ける

【第19話 1%】 SPECIAL ATTACK APPLICANT

人類襲来まであと10日―――――――
 
最終訓練も大詰めになった。でも、外の様子はこれまでと全く変わっていない穏やかな日常が広がっている。
でも、水面下では尋常じゃない量の軍備体制が整えられていた。…もう自分達には、時間が無かった。
迫りくる時間との勝負。それは如何なる状態においても、自らを本気にさせる。
その本気故に、それまで気付かなかった自分自身の姿も見えてくる。
 
でも、その事が分かった時。自分達は果たして何を得るのだろうか―――
 
 
「今日はエア君の番だぜ。」
「あ、はい。」
 
そう、今日は夜の巡回の当番だった。基地内を一晩中、巡回監視するという非常に面倒な当番だった。
でも面倒ではあるが、サボるという訳にもいかない。サボったらサボったで今度は後が面倒だ。
だったら一番リスクの少ない忠実にやる方が手っ取り早い。
午後10時。消灯時刻になり、いつもの様に基地内に情報部からの自動音声が流れる。
巡回の当番をする者はこの自動音声を合図にメインエントランスの中央部に集まる事になっていた。
当番は毎晩二人と決められている。今日はその内の一人が自分になっている訳だ。
自動音声が終了すると同時に俺は集合場所へと辿りついた。
周りの部署や宿舎は其々、就寝準備へと取りかかっていた。そして、やがてそれらの照明は消える。
静まり返った基地内は常用灯と誘導灯だけが煌々と輝いてる以外は全て暗闇と化していった。
音も足音をたてれば、それなりに響き渡る。その足音が少しずつこちらへと近づいてきた。
それはやがて自分の前で止まる。なるほど。今日のもう片方の巡回当番のポケモンか……ん?
 
「…セレン…」
 
あれ…?俺は幻覚でも見てるのか?何でミライがここにいるのさ。
 
「ミライ?」
「…夜は冷えるから…はい…」
「あ…」
 
「じゃあね」
 
そう言うと彼女は再び闇の中に消えていった。気が付くと首元にはマフラー的なものが巻かれていた。
ミライのお手製…?いや…「支給品」と書かれてあるから軍のやつか。でも…すごく暖かい…。
…って…結局、今回も俺は何も言えなかったという悲しい結果に終わってしまった…情けない。
いや、待てよ。まだ近くにいるかもしれない。俺は何処に居るか分からない闇の中の彼女に向かって叫んだ。
 
「ありがとなー!」
 
闇の中から声は聞こえなかった。おそらくもう情報部に戻ったのだろう。聞こえるのは風の音だけだった。
すると闇の中から新たな影が見えた。影は次第に姿へと変わる。
 
「やあ、待たせてすまない。君がもう片方の巡回だね?」
「はい。」
「では、さっそく行こう。」
 
今度は正真正銘、本物の巡回当番だった。年齢でいえば30代半ばと言ったところだろうか。
基本、自分達の間で年齢について訓練中は意識しなかった。全て強さやレベルで管理されるからだ。
でも訓練後など、こういう時になるとやっぱり年上には気を使う。そういう雰囲気があった。
その彼は早速、自分のマフラーについて関心を寄せてきた。
 
「暖かそうだね。それ、さっきの子に貰ったの?」
「貰ったと言うか…されたと言うか…でも、嬉しいですよね…こういう気配り。」
「いい気配りじゃないの。彼女の思い、大切にしてあげなよ。」
「はい」
 
でも、確かに彼の言う通りだ。このマフラーは彼女の思いによる気配りであることは確か。
誰かにやれって言われた訳でもないし、そうしなければならないというルールも無い。
だったら…素直に嬉しい。でも、ミライがこんな事するなんて…少し驚いた。いや、不覚だったというべきか。
 
そうこうしている内に日付変更時刻を過ぎ、基地内の雑音もほとんど無くなった。
基地内には巡回当番である自分達の足音だけが響く。
温度もミライの言った通り、かなり下がってきた。でもマフラーが大分それを緩和してくれていた。
 
巡回当番は一晩中、基地内を隈なく周る。
基地の設備に異常が無いかをチェックするのも自分達の役目だからだ。
それと万が一に備えて敵のスパイ機器等が基地内に潜入して行動して無いかをチェックするという、
何とも不思議な任務も巡回当番には任されていた。ちなみに、これまで発見例は一度も無いと言う。
だから中々気が抜けない。
人間世界に飛ばされたポケモン世界の人間達は人間世界を遥かに超えた技術力を持ってる面がある。
それ故に洗脳されたまま、人間世界の人間では作れなかった機械も作れる可能性がある。
人間世界では輸送部門の技術が進歩していて、全体の工業技術もかなり高いという噂を聞いていた。
一方、ポケモン世界では全体の工業技術では人間世界に劣るものの、各分野に対して限定的な範囲で
人間世界の技術を上回っている。それはポケモン世界だからこそ生み出された技術だ。
だからこそ、一層怖い。人間世界の人間に洗脳はされているが、彼らの本来の能力は変わらない…
つまり、自分達ポケモンを決定的に敗北させる何かを彼らは知っている…だから気が抜けないのだった。
連合軍自体もこれを最も警戒しているみたいだ。特に情報漏えいには気を使っていた。
同時に、敵からの情報を逸早く察知したいという意向も見受けられる。それは敵側も同じなのかもしれない。
 
「君は…恵まれてるよ。」
「え?」
 
もう片方の巡回当番である彼が、自分に向かってさりげなく呟いた。最初は意味が分からなかった。
 
「恵まれてる…?」
「君は鋼タイプだよね?」
「はい。」
「鋼ってのは純粋な鉄とは違うってのは知ってるかい?」
「聞いた事があります。確か、鉄に炭素が多く含まれているのが鋼…ですよね。」
「そう。でも惜しい。炭素が多過ぎたら逆にそれは鋼の中でも違う種類の“モノ”にるんだ。」
「違う“モノ”…」
「鋳鉄って聞いた事あるかい?」
「あ、それだ。確か、炭素量が全体の4パーセントを超えたら、その金属は鋳鉄と呼ばれるんですよね。」
「そう。そして、私達が一般的に呼ぶ“鋼”は炭素量が約1%のものを言うんだ。」
「1%…」
「ホント奇跡的な数値だ…だからこそ、君は恵まれている。」
「……」
「逆に言えば、1%が自分の最大の強みになるというわけだ。生まれ持ちのスキルだね。」
「スキルか…」
「その1%は絶対後で役に立つ。君がその強みを発揮出来るように祈ってるよ。」
彼は俺の羽に手を当てながらそう言った。
 
「ありがとうございます。」
 
そんな事を話している内に時間は、刻々と過ぎていった。
基地内の音も段々と多様化してきた。自分達、巡回当番の仕事も最終段階へと入った。
 
「よし、最後は地上のチェックだ。」
「はい。」
 
彼と共にゲートを通って地上へと出る。地上は勿論、いつものように殺風景な風景が広がっている。
地面には幾つもの監視カメラが正常に作動している。異常が無いか確認した後、再び地下へと戻る。
 
「よし、地上も異常ないな。」
「そうですね。」
「お疲れさん、これで当番の仕事は終わりみたいだ。」
「お疲れさまでした。えっと、今時刻は…」
「午前5時半を過ぎた辺りだ。いやー疲れたな。後は基地に帰って仮眠だね。」
「そうですね。午前は休んでていいんでしたっけ?」
「うん。でないと、流石に疲れるって」
「ですよねー」
お互い笑いながらエントランスの方へ戻っていた。やがて別れる時がやってきた。
 
「短い間だったけど、色々話せて楽しかったよ。これからも頑張れよ。」
「はい、色々ありがとうございました。1%、大切にします。」
「よし。じゃあ私はこれで。あ、そのマフラー、お礼言っときなよー」
「あ、はい。それでは。」
 
彼と別れを告げた後、自分は元の航空隊のSP部隊の宿舎へと戻っていった。
とにかく眠かったので宿舎に着いた途端、すぐに横になった。睡魔がしばらくしない内に襲ってきた。
気が付くとマフラーをしたまま寝てしまっていた。でも、暖かくて気持ち良かったのでそのままにしといた。
 
やがて、起床時間を知らせる自動音声が午前6時に聞こえてきたが自分はもうすっかり眠ってしまっていた。
 
「気持ち良さそうですね…セレン君………」
「ハヤテ、セレンがしてるあのマフラー誰に貰ったか知ってるか?」
「いや、知らないです。知っているんですか?」
「いや俺も知らないんだ。でも…セレンを大切に思ってくれている優しいポケモンがいて安心するよ。」
「隊長、セレン君が来てから俺、少し変わった気がします。セレン君のおかげですよ。」
「確かにな。ハヤテ、随分立派なエースになったもんなぁ。セレンも立派な姿になってきている。」
「…にしてもマフラー、気になりますね隊長。」
「うーん…俺がセレンの頃にはマフラーなんざプレゼントされたことなかったのに…」
「セレン君の方がモテるんですね」
「そこは言うなハヤテ!さっさと行くぞ!」
「へーい」
 
そんな会話が展開されている事を知らず、俺は見事な位ぐっすりと寝ていた。
 
 
 
 
 
マフラー、後で返しとかないとな。