言葉の約束ほどあっけなく崩壊するものは無いと自分は時々思う。
例えば、ある相手に「また合いましょう」と言ったとする。すると相手は「またいつか!」と答える。
しかし、この「いつか」は永遠に来ることは無い…そんな経験をした事は無いだろうか。
言葉が持つ力は確かに大きい。でも逆に、非常に脆い性質も持っている事を忘れてはならない――――――
「しつこい奴らだ、まだあのままかよ。」
ジョウト情報部では相変わらず隊員達が情報部の中継モニターに釘づけだった。
何故、敵はシンオウを選んだ…そして何故こんな地味な演出を続ける…分からない。
発見されてからもう3時間が経つ。発見5分後のあの特殊音波による探査行動以来、何の変化も起きない。
フェリーの船影は未だ動く気配は無く、ただただ沈黙が続くシラけた時間が過ぎていくだけだった。
「先輩、敵どうしちゃったんですかね。」
「敵もこっちの世界を探ってんだろ。でも奴らまるで…初めてこの世界を見たような行動してやがる…」
「どういう事ですか?」
「おかしいと思わないか?もしこの世界にいた人間だったら、この世界の事なんて探る必要も無い。」
「既に分かっている世界なんて探る必要も無いですからね…」
「あの船…人間界の人間が操作しているのか…?」
「待って下さい、洗脳されたポケモン界の人間だって可能性もありますよ。」
「まぁな…どちらにしろ、人間界の人間の思考に変わりは無い…か」
確かに、この考えは合っていた。現に、この船は人間界の人間が操っていたことが後になって分かった。
だが、自分達は決定的な発想が欠けていた事に後から気付く事となる。
この時、まだ自分達はその事に気付いていなかった。しかし、情報部は既に感ずいていた。
「…無人…」
ミライがふと呟いた。隣にいたミライの先輩が気付く。
「え…?」
「あの船…無人の可能性が高いです…」
「無人?人が乗っていないのか?」
「陸からは船影のみに見えますが、こちら側も既に海中から部隊が細心の注意を払って調査をしています。」
「それは知っている。敵に感ずかれないように慎重に遠隔からこちらも各種電波で調査しているんだろ?」
「どれどれ」
「2頁目の“対物質反射計測”に注目して下さい。船の形以外、物質反射は見当たりません。」
「確かに…」
「ですが、このデータではまだ不十分です。次に…そろそろ届くはずです。」
「?」
「っと、来ました。この7頁目のここです。各船部の“サーモグラフィーデータ”。」
「なんてこった…船内はエンジンルームに限らず、操舵室内まで冷温状態なのか…!」
「つまり、あの船は無人な訳です。先輩。」
「ま…」
彼が言葉を言う前に、情報部に新たな情報が表示された。
シンオウ情報部より各地方情報部に通達。
『データ解析の結果、目標内に人の存在は確認されず。無人船と断定。しかしながら、引き続き監視を続ける。』
「マジかよ…」
「ただ、ここで謎が生まれます。奴らは何故あんな船をこの世界に送り込んだんでしょうか…」
「今俺もそう思ったよ」
「……」
「いや待てよ…」
「まさか…」
「もしかして…」
“おとり…?”
こう考えたのはふたりだけでは無かった。各地方の情報部のポケモン達は、この事に次々感ずいた。
「無人とはな…意表を突かれた。」
「でも先輩。もしあの船がおとりだとしたら、何か爆弾でも仕掛けられているんでしょうか。」
「その可能性は低いな。何せフェリーなんだぞ、見た所物騒なもんも見当たらないらしい。」
「ますます謎ですね…」
情報部もこの事に悩んでいた。
“何故…敵は何もしてこない…”
その時だった。各地方情報部のメイン通信網『♯1』系統がいきなり作動した。
外部操作によるものだったので、すぐに警報も鳴り出した。
EMERGENCY!EMERGENCY!
「外部媒体による通信遠隔操作を確認。#1系統が不当アクセスにより操作されています。」
「くそっ…誰だ…こんな時に…!」
「先輩!直ぐに他の通信網を確保して下さい!」
「分かった!」
「#1系統、現在3%浸食中!防御プログラム作動開始を確認!」
「#2系統以下、全系統の通信網を完全確保!目立った外傷無し!」
「#1系統は!?」
「浸食率5%に増加!現在、外部アクセスの逆探知並びに防御プログラムの展開中!」
「急いで!7%を超えたら致命的支障が出てくる!」
「そんな…あの船から…!?」
「浸食率6%に増加!7%まであと10秒!」
「早く!時間が無い!」
「防御プログラム完全展開まであと4秒!3、2、1!」
ピッ…ピッ…ピ―――――――
「外部媒体による通信遠隔操作を遮断。#1系統損害6.8%を確認。#1系統は93.2%通信確保出来ました。」
「た、助かった…」
「信じられません…どうしてここの通信網が…」
「待て!何か聞こえる…」
“ザ―――― …プツッ……プツッ…… ~♪”
その通信は各地方の情報部内のスピーカーから発せられた。
「音楽…?」
音楽にしてはあまりにも綺麗だった。とても敵意なんて無いような綺麗な音楽が流れた。
自分達ポケモンには音楽と言う文化はこれまであまり無かったために、向こうの音楽が新鮮に聞こえた。
「洗脳するための歌か?」
「いや違う…純粋に普通の音楽だ。」
BGMでも無い、テクノ系でも無い、童謡でも無い、メタル系でも無い、ビット音でも無い、アカペラでも無い…
どちらかというとロキノンのジャンルなのだろうか。でも誰もが聞いても嫌がらない音楽だった。
時間にして4分弱。男性ボーカルの透き通った声が響き渡った。でも誰も拍手をする者はいなかった。
音楽が終わったと同時に、突然別の人間の声が聞こえた。
“やぁ!元気かなぁ!?情熱あふれるポケモン達!!”