Wafty’s diary

情熱は止まらない 私達は進み続ける

【第48話 大空中戦】 SPECIAL ATTACK APPLICANT

人間は、知性を持つ化け物だ。

でも、夢の中で聞こえる、あの声の主もきっと人間なのに…

“私はまだ、弱いままです”

何で、この声を聞くだけで、こんなにも涙が込み上げてくるの…?
この声を昔、何処かで聞いた事がある気がする…いつかは分からない。
ずっと記憶の片隅に埋もれていたように、その声はとても切なく、懐かしく、遥か遠くに感じる…

今の思いを言葉にするとしたらこうだ。



僕ら…いつか逢った事ない?


























“君は…ずっと覚えてるのかな…”



「!!」
ハッと我に反る。どうやら俺は暫くボーッとしていたらしい。
隣にはシークさんがいた。

「気付いたか?」
「え?…あれ、シークさん…」
「何があったんだ。話してくれ」
「何でも無いです…」
「どんな些細な事でもいい。話してくれ」
「いや、でも…」
「…まだ私を疑っているかい?」
「……そんな事は無いです」

「疑うのも無理は無い。今は君達の味方でも、私は元々人間だ。
 特に、この戦争の舞台が用意される現場を目の当たりにした。
 君達が私を本気で信用する事は決してないだろう。そして、これからも信用される事は無いだろう。」

「……すみません。でも、シークさんの言ってる事は正しいと思うんです。俺ずっと疑問に思ってて…
 どうして、こんなにもシナリオの中心みたいな位置付けに置かれているんだろうって。
 実際これまで、そんな場面は幾つもあった。」

「そうだな…」
「まるでこれじゃあ、本当に俺が救世主になるみたいじゃないですか…」
「……そうなりたいと思った事が、一瞬でも君にあった筈だ」
「そんな…」

「私からはそれだけしか言えない。私はこの戦争の存在をもっと早くから知っておくべきだった。
 楓に言われるまで自分がしていた事に疑問を全く抱かなかった。
 そもそも、こんな世界の存在すら知らなかったからな。
 楓が一体、何処までこの世界に介入しているかは分からない。
 もう、この世界にはいないかもしれない。」

「既にやられたって事ですか?」
「彼女に限ってそんな事は無いはずだが…最悪の事態を考えるとそうなる」
「…もし、そうだとしたらシークさんはどうするんですか?」
「彼女に言われた通り、君を最期まで見届ける。私が君にしてあげられるのはそれだけだ」
「シークさんがいるなら安心です」




「………そうだな…」

シークさんは遠くを見詰め、少し間をおいてそう呟いた。









大空中戦――― …
あんな戦いは二度と思い出したくない。その言葉を見るだけで今でも震えが止まらない。
かつて『絶望鬼ごっこ』なんて称していた訓練が、本当にただの茶番にしか聞こえないくらいだ。
あんなに逃げまくって力果てるまで足掻き続けた筈なのに、今では何だよって感じ。
大空中戦なんて一言で書いてしまえば、それこそ響きはいいし格好良い印象は確かにある。

しかし、実際そこにあるのは突き付けられる現実と不条理な結果だけだ。

始まりがあれば、どんなに足掻いても必ず終わりは来る。その終わりは、
自身が気付く分かりやすい物もあれば、自身が気付かずにいつの間にか終息していく物もある。
どちらにせよ、残されるのは現実と結果のみ。
逆に言えば、幾らそれまで積み上げてきた物があっても、
現実に結果として反映されなければ全て無かったものとして扱われても不思議で無い。
いや、むしろその方が圧倒的に多いだろう。
反映出来なければ、待っているのは無慈悲な現実だ。
命が懸かっているからだとか、ボランティアとかじゃない限り、自身に利益が無ければ誰も他人なんて助けないだろう。そう意識していなくても、無視や無関心といった
『安全が確立された地位から見る傍観者としての態度』から、すぐに分かる。
まったく、人間にとって架空のキャラである俺がこんな事を思うのも些か滑稽すぎやないか。変な話だ。


実際、この大空中戦でも迫り来るものに変わりは無く、現実的で無慈悲な結果が訪れるだけだった。
S-TF作戦や斬り込み作戦の様な、偶然の延長線上から生まれた奇跡は何度も簡単に起きるものでは無かった。というか、これまでがミラクル過ぎたのだろう。空中戦での諸作戦は敵にことごとく打破され、圧倒的物量差でジワジワと制空権が侵食されていく。その間にも、火を着けた紙の様に陸の領地もジワジワと失っていく。制海権は既に無いに等しく、大海中戦後も海上隊の被害は著しかった。

俺は空中で散る姿を敵味方関係なく何度も何度も嫌になるほど目撃した。
火だるまになって落下していく敵機…血まみれになって落下していく仲間……
敵機を撃ち落とす度に、仲間を助けられなかった度に、自己嫌悪に陥っていく。
ノイローゼにならないのが不思議なくらいで、気が付けば涙を流すのも忘れかけている。
死が日常と化した日々が当たり前だなんて…これが全部夢だったらどんなに良いだろう。
どうか長い悪夢でありますように…時々本当に強くそう願った。
誰に願っているのか分からないまま、ただ無性に願った。

だんだん死に慣れていく自分が――――…
嫌だった。




分かってる、皆必死に戦っている…
だから犠牲者は戦う分だけ増えていく…季節はもう夏だ。
熱気と阿鼻叫喚に包まれた、この戦場に安らぐ場所など到底無い…
毎日生き残る事に誰もが精一杯だろう。

でも、今は夜になれば隣にハヤテ先輩や父さん達が一緒にいてくれる。
深夜には他の隊員達の目を盗んで、シークさんと二人きりで話をする。大抵はあちら側の世界の話だ。
でも、彼は俺以外の隊員にはあちら側の世界について殆ど話さなかった。
当たり前だ、自らが佐倉洋祐という元々一人の人間であるという事がバレて公に広まったら
堪ったもんじゃない。幾ら本人にその気が無くても、この世界からスパイ扱いされても
全く不思議ではない。勿論、俺が少しでも他の兵に口を滑らせれば同様の結果になるだろうが、
俺はそんな事をするつもりはない。俺だけに話すという事は、俺自身が彼の言う
『特別な位置付けにある』というのを証明しているのと同じだからだ。
故に、俺にはそれを黙って秘密にしておく義務がある。
言うならば…彼は俺に全てを託そうとしている…
迷惑な話だが、もうこのフラグは変えたくても変えられない代物らしい。

けれど、もう決めたんだ。
この戦いの結末の先にある、
誰も知らない本当の結末に到達するって事を。
真実が何なのか突き止めるって事を。

全てを直視する以外に道は無い。







シークさんはあちら側の世界にある色んな事を俺に教えてくれた。
佐倉洋祐さんというフィルターを脳内で設定すると、話のイメージが掴みやすかった。
聞くところによると、彼の日常は決して毎日が楽しいという訳では無かったみたいだが、
俺が知らない様な色んな事に関わったり参加したり…何だかとても充実している様だ。
魅力的な話題に思わず質問攻めをしてしまう。

その度にシークさんは、少し悲しそうな表情で微笑んで丁寧に答える。
その悲しそうな表情に隠された意味は…結局、最期まで知ることは出来なかった気がする。









後に大空中戦と呼ばれた一連の戦いは、夏も中盤に差し掛かる頃には小康状態となった。
敵はN-Spotからしか出現しないとは言え、理不尽なくらいに戦闘機と空母を送り込んできた。
空母は攻撃したくても例のフィールドで攻撃は不可能。
海上隊は初期の半分の規模くらいにまで衰えた……艦船を攻撃したくても攻撃出来ないからだ。
だから今は斬り込み作戦のような、輸送補助が主な任務だが、
これがいつまで持つのかも時間の問題だった。打開策の無い軍に勝利は無い。
だから、航空隊も戦闘機を地道に落とすしか道は無かった。
落とさなければ、最後の砦である陸上隊まで犠牲が広がる。


もう何回、出撃したんだろう。
もう何回、撃ち落としたんだろう。


数える気にもなれない。戦意喪失なんて軽い言葉で終わらせるような柔な戦いじゃないのに、
戦いが続けば続く程、この戦争の意味を誰かに問いたくなる。誰もまともに答えられない。

答えを言ってくれるのは今はシークさんだけな気がする…
いつまでも彼が傍にいる保証なんて何処にも無いのに。

それでも俺はシークさんに、あちら側の世界について出来るだけ質問攻めをした。
この瞬間が名残惜しいからなのか、真実を知る切っ掛けを手に入れたかったからなのか……
それすら彼に答えを求めたかったのかもしれない。

彼と話が出来たということ。
それは、俺が初めて向こう側の人間と話が出来たということだ。
人間なんて一纏めに敵だとしか思っていなかった自分にとって、彼との出逢いはとても大きかった。

あぁ、とても新鮮だ…今はこんな下らない時間でさえも、いとおしい。 


そうだよな…いくら人間と言えども、シークさんみたいな変わった存在も居る。
俺はこの戦争を起こした人間というものを憎んでいたはずなのに…
どうして、彼とはこんなに話せるのだろう……


俺の味方をしてくれているから…?
彼が人間世界から逃げるようにして、この世界に来たから…?
彼にとって人間という生き方はあまりにも辛かったから…?


…洋祐さんと楓さんは真実を明らかにするために人間世界から行動している…
きっと、その背景には様々な思いが渦巻いている事だろう。

その二人はまるで、この世界での俺とミライの姿にそっくりだった。

嬉しかった。
味方してくれる人間もいるんだって事を一瞬でも感じられたから。


例え、全て演技で嘘であったとしても……
一瞬でも夢を見させてくれてありがとう…
希望を与えてくれてありがとう…
救おうとしてくれてありがとう…

生きる意味の問いに答えてくれてありがとう…





彼もまた、そんな僅かな希望を俺に託したかったに違いない…






























それはシナリオへの冒涜だろうか?






































用意された闇は確実に迫っていた。