Wafty’s diary

情熱は止まらない 私達は進み続ける

【第49話 捕虜】 SPECIAL ATTACK APPLICANT

「――…はい、そうです。敵捕虜1名の捕獲に成功しました。情報部からは何か…
 …え?向かわせてる?……はぁ……はい……はい……分かりました…」



陸上隊の最前線。大空中戦も小康状態になった頃のある日の夜。
陸上隊のある小隊が一人の敵捕虜の捕獲に成功していた。

陸上隊の攻撃で撃たれて気絶している所をずるずると陣地まで引き摺っただけとは言え、
彼から何か情報を得られれば利益は大きい。





敵は滅多に捕虜にはならなかった。
人間世界から操られる彼等は戦うか死ぬかのどちらかの選択肢しか無い様子だった。
自決という選択肢は無いらしく、例え上手く捕獲しても捕虜になる様子は見せず
一方的に攻撃してくるから結局殺してしまうのがオチだった。
それらの行動は全て、プログラム化された物だと分かっていながらも、
とても見ていて悲惨極まり無かった。彼等には最初から自ら生きる意思を持つ事が無かったのだ。

しかし、ごく稀に、撃ち所が良ければ敵の身体を形成しているプログラムにバグが生じるらしく、
一方的に攻撃する状態が一時的に無くなる敵兵もいた。
その一時的な偶然に、一瞬でも捕虜としての機能を満たす事が期待されていた。






敵捕虜は気絶状態から目を覚ました。
「………」

監視を任された陸上隊の隊員がそれに気付く。
「おい、気付いたらしいぞ」
「手当てした甲斐は一応合ったな」


担当の隊員が敵捕虜に話し掛ける。

「こんばんは、初めまして。私はポケモン連合軍ジョウト陸上第3大隊24エリア班所属の
 スラクといいます。ご心配には及びません、無慈悲に命を奪うほど私たちは
 鬼畜集団じゃありませんよ。現にほら、貴方に手当てをして貴方が今、目を覚ましたのが
 何よりの証拠です。些細な事ですが、我々を少しでも信じて貰えると嬉しい限りです。」

「…………」

「ですが、今の貴方は我々の捕虜、という扱いなので私も役職を果たさなければならないのです。
 貴方には、これから私たちがする様々な質問に対して、真実に基づいた上で全て答えなければ
 ならない義務があります。御免なさいねー、もし嘘つくと――」

「…………」

手を首に当てながら言う。
「 スパッ っですよ?」

「…………」






敵捕虜はしばらく無言のままだった。
周りの陸上隊員達はその様子を見ながら、話をしていた。

「スラクはカウンセラーに向いてるんじゃないのか?」
「一時、看護専門の道も考えたことあったらしいしな」
「なるほど、それでやけに手慣れてるのか」

「だが先程、情報部から連絡が入った。わけありの特派員だ、今こっちに向かってる。
 スラクと敵捕虜担当を交代するらしい。」

「わけありの特派員?」
「例のアイツだよ、シンオウ無人船を破壊した奴」
「あぁ、情報部と上層部に目を付けられてるって噂のー」

「何でも人間世界の情報をかなり知っているらしいからな、目を付けられて当然だろう。
 でも、俺達の味方を十分すぎるくらいしてくれてるし、
 彼自身もスパイじゃないって公言してるから疑う理由は無いのが実情だ。」

「俺はむしろ、最近まで驚異的な予知能力で奇跡みたいな作戦を展開していた、
 うちの情報部に居るっていうミライとかいう娘の方が、なーんか怪しいと思うけどな」

「あれは突然変異的な能力らしい。
 彼女自身の能力だけで、あそこまでやり遂げたと情報部の奴等は口を揃えて言うそうだ」

「にしても、出来すぎやしないか?まだ17歳だぞ?普通そこまで重要なポストに配置されるか?」

「生まれながらの天才か、はたまた尋常じゃないレベルの努力家か…
 まぁどちらにせよ、彼女にも起爆剤となる何かの切っ掛けがあったはずだろうよ」

「そんなもんかねぇ…どうも俺には人間界からのエージェントな気がするが…」

「無い無い、あれは彼女自身の努力の結果だ。疑いたい気持ちは分かるが、
 アニメの視過ぎじゃないのか?ミライさんが可愛いのも分かるけど、妄想はそのくらいにしとけよ」

「そんなつもりで言った覚えはありませんっ!つか、この世界にアニメなんてねぇっつの」

「で…話が逸れたんで元に戻すが、今からその特派員がここに来る。
 人間世界に詳しいから尋問にはもってこいな存在だと情報部も判断したんだろう」

「なるほどな。確かにこの尋問にも快く協力してくれるんだから疑う必要も無いなぁ」

「ただ、彼、最近は何故かは知らんが執拗にうちの航空隊に所属する、
 あるSP隊員と接触してるらしいがな」

「なにそれ怪しい」
「でも他の隊員達曰く、ただのじゃれあいにしか見えんらしいが…」
「え、そいつら歳は幾つなの?」
「特派員は24歳、SP隊員は17歳」
「若々しい…」
「微妙な年頃ではあるけどもね」



「まぁその特派員の話は置いといて、あの敵捕虜どう思うよ?」
「今のところ大人しいどころか、一言も喋っとらんからなぁ」
「油断するな、いつ奴の機能が正常に戻るか分からん。暴れだして攻撃されたら堪ったもんじゃない」
「安心しな。奴が所持していた武器は既に遠ざけてある」
「分からんぞ、体の中から武器が出てくる可能性も微レ存」
「もはや人間じゃない件について」
「某映画シリーズみたいだな」
「アンドロイド乙」


「ん…?アンドロイド…?」
「待てよ…」

その時、隊員達にサーッと1つの不安が脳裏を過った。
思いを確かめるように口にする。

「…今、向こう側の世界は西暦何年だ…?」

「この世界は人間が作ったゲームの世界なんだよな?なら、最初にカントーが開拓されたと言われる
 1995年から各地方毎に開拓されていった歴史を辿ればいいはずだが…」


「違う…そうじゃない…」
隊員の1人が震えだした。



「そうじゃない…?」




震えながら答える。

「俺は知っているんだ…情報部の知り合いから聞いた……
 この世界は、この戦争の宣戦布告があったあの日までは…
 “人間世界よりも年月が立つのが遅かった”という事を…」

「俺も噂で聞いた事があるが…でも、そんな筈は」

「じゃあ…何で宣戦布告があった日からは、
 人間世界と時間と天気が見事に一致しているんだ…?」

「そ、それは……」

「普通じゃ有り得ない事が、この世界では次々と…しかも平然と起こっている…
 突如全て消えた全人類、別世界から送り込まれる敵、
 一切攻撃出来ない無敵の艦隊、並外れた戦闘能力を持つ戦闘機、
 完全機械化された敵部隊……今更ながら何だよ一体…
 これらが全てゲームの中で起きてるってのか…?

「少なくとも…人間世界は、このアンドロイドの敵兵が作れるくらいの
 技術力がある時代になっているという事だな…」

カントー開拓からは少なくとも15年は経過している…そこまではこの世界でも分かっているんだ。
 なのにその先の歴史が綺麗サッパリ無いじゃないか……なぁ…お前…答えられるか?」

「何が…?」

「今日…西暦何年何月何日だ…?」

「「…………」」



誰も答えられなかった。
西暦に換算することが出来ない。
完全に記憶が無いのだ、換算したくても換算出来ない。

それはまさに、この世界がゲームの中であることを象徴しているようなもので、
気付かない内に見知らぬ世界から操作されている証拠でもあった。






「話は全部、聞かせてもらった」
陸上隊員達とは違う声が突然聞こえた。隊員達は声の主の姿を見て驚く。
何せそこには、伝説のポケモンであるデオキシスが平然と立っていたからだ。

「こんばんは。ポケモン連合軍航空隊T部隊所属兼、中央特派員のシークです。
 見た目はこんなんですけど、こう見えて思いっきり庶民的な思想の持ち主なんです。
 敵捕虜尋問担当指令で派遣させて頂いてます。えーと、第3大隊24エリア班のスラクさんいますか?」

「あっ、来ましたね。私ですー!お待ちしてましたー」

「情報部から連絡が入りました。交代指令だそうですね?」

「はい、敵捕虜尋問を貴方にやってほしいとの情報部からの命令です。
 何だか面倒な役職を押しつけるみたいな形で申し訳無いですね」

「いえいえ、スラクさんが申し訳無く思う理由は一切無いですよ。
 悪いのは、こんな奇妙な命令を出した上層部ですよ。あっはは」

「おや?情報部じゃなく上層部ですか」

「えぇ、私への命令は大抵が上層部絡みみたいです。
 いやはや…なかなか上層部には私が人間世界のスパイじゃないかっていう訳のわからない
 偏見があるみたいで…変に面倒な仕事を押し付けてくるんですよ。困ったものです」

「それだけシークさんが期待されているって事ですよ」
「私そんなにスパイに見えますかね?」
「んー、何と言うか私には孤高の存在って印象がありますなぁ」
「個人的には思いっきり庶民派でいたいんですけどねぇ」
「姿が姿ですから世間から見れば変わった扱いを受ける運命もあるんじゃないんでしょうか」
「どうしてもそうなっちゃうんですよねー、何でかなー。まぁいいです、本題に移りましょう」
「そうですね、案内します。こちらへ」

「あ、その前にそちらの陸上隊員達と少し話がしたい」
「えぇ、構いませんが」

シークは先程、話をしていた陸上隊員達に近付いた。


「皆さんこんばんは」
「「こ、こんばんは…」」

「…?どうかしましたか?」

「いやー珍しいなぁって思って…」
デオキシスなんて、ジョウトだとまず見れないからさ」

「ごもっともです。でも私、ホウエンにいるよりも他の地方にいる時間の方が長いんですよ」

「ふぇーこれまた意外なカミングアウト。特派員って転勤族なんですね」
「しかも“中央特派員”。エリートじゃないですかー」

「やだな~そんな事は無いです。私はただ…ある方を探し続けてたら、こんな事をしていました…はは」

「「…? …はは」」

陸上隊員達は首を傾げながらも、シークが意外に接しやすいキャラであるという印象を受けていた。











シークは笑みを交えた表情から、真剣な表情に変えて陸上隊員達に問う。

「……知ってるのはそこまでか?」

「……薄々感ずいてはいたがな」
「…シークさんは知っているんでしょう…?実際どうなんですか!?」

「一通り話を聞いていたが、全部正解だ。噂とは言えやたら正当率がいいな」

「本当なんですね…」
「なんて事だ…」

「今、向こう側の世界が西暦何年なのか。
 あなた方はとても知りたがっている事だろう。その気持ちは凄く分かる」

「知っているんですか…!?」
「知ってたらお願いです!今は西暦何年なんですか!?」

「私は知っている。だが、あなた方がそれを知ったところで、
 あちら側の世界の具体的なイメージは掴めないだろう。現にカントーが開拓された1995年、
 人間世界での技術力はどれくらいあったのか完璧にイメージ出来るか?」

「「いえ…」」

「そういう事だ。あれから既に十数年以上が経過している。しかし、あなた方が思っている以上に、
 あちら側の世界の技術力は進んでいる。私ですら驚くくらいだ。
 実際に経過している時間とは対称的な印象さえあるだろう」

「「………」」

「だが、私は人間社会として根本的な部分は何一つ変わっていないとは思うがね」

「まるでシークさん…向こう側の世界から来た存在みたいですね」
「そうとしか思えないですよ…」

「別にそう思って貰っても構わない。ただ、誤解の無いよう私はあなた方の敵では無いことを
 先にハッキリ明言しておく。確かに向こう側の世界なら私みたいな分身体を作り出すことも
 出来るかもしれないが、私は違う。私は根っから自らの意思で行動している。
 ここに攻め込んでいる操り人形とは訳が違うんだ。勿論、私にも目的があって行動している。
 しかし、あなた方の利益を損なうような真似は一切しないし、するつもりもない」

「「…………」」

「言い訳するつもりもない。私の目を見てほしい、あなた方はどう感じる?」

「………マジな目をしています」
「スパイどころかむしろ救世主か…」


「救世主なんてのは、心の在り方で誰にでもなれます。
 わけありの特派員…面白い呼ばれ方ですね。最後に、これだけは言っておきましょう…」


「「…………」」




「あなた方が戦っているのは、塵にも満たない位の、ほんの一部の人間達なのですよ…
 全人類の99%以上が、この戦争の存在すら知りません。

 そうです、これが“見えない戦争”の怖さです。

 真実は残酷です、本当に。人間世界では日常茶飯事ですがね…皮肉すぎますよね。
 あるのは無慈悲な現実ばかりです…」



「「…………」」



「…話せてよかった。それでは」

シークはその場を離れようとした。陸上隊員達は咎めるように口を開く。


「あの…!また話して下さいね…!」
「私達は貴方を敵だと思ってなんかいませんから!変な誤解を持って申し訳ないです」
「仮に貴方が向こう側の方だとしても…貴方の言った事はきっと全て正しいと信じていますから…!」



シークは一瞬足を止め、小さく呟いた。



「……………すまん…皆……グスッ…」







シークはその場を離れ、再びスラクに誘導され敵捕虜のいる場所へと案内された。
敵捕虜は依然として沈黙状態を続けていた。

「シークさん、この検体になります」

「頭蓋臀部の一時的な損傷…なるほどな、奴等のやりそうな事だ。
 制御系統デバイスもここに集中させているようだしな……ブツブツ……」

「シークさん?」
「あ、あぁ尋問だったな。分かってる。後は私に任せてください、担当交代確認です」

「はい確かに。引き継ぎ完了っと、それでは私はこれで
 念のため、いつでも対応できるよう私も含めた監視部隊は側におりますので
 何かありましたら呼んでください。それではお気をつけて」

「色々ありがとうございます。お疲れ様でしたー」



ラクを見送ったシークは周りが静かになったのを確認して言った。






「さて…と……話して貰おうか。お前が見た全てを」
「…………」
「所属隊と名前は?」
「…………」

「ま、黙り続けるのもそれはそれでいい。ただ、いずれは何か発言しなければ
 言語傷害どころか喋りたくて仕方ない禁断症状が確実に起きる。人間とはそんな物だ。
 もっとも、あなた方の場合、バグの回復の方を優先させているだろうから時間は無いのだけれども」

「…………」
「だからさぁ、さっさと話して貰いたいんだよねー嫌なのは分かるけどさ」
「…………」

「それとも何?あのスラクさんに首をスパッとやられたい感じだったりする?
 あの方、優しそうで結構怖いとは思うんだけどなー」

「…………」


「…やれやれ、困ったお人だ。なーんにも喋らないんだもの。喋らないんだったら…」

シークは目の色を変えた。
「喋って貰わないと困るんですがねぇ!」

直後、敵捕虜の呼吸が困難になる。

「……グ…ヒグッ…!」
「どう?ねぇ痛い?痛いの?」
「…ア…ガッ……クァッ…!」

「何とも言えない感覚だよねぇ?そうだよねぇ?
 だって人間世界じゃ経験無いもんねぇ?」

「……ヤ……メ……」
「ん?何だって?」
「…ヤ…メ………」
「聞こえないなぁ!もっと大きな声で言ってごらん!?」


「……全部…話す…」


「はい、よく出来ましたっ」
シークは目の色を元に戻した。敵捕虜の呼吸が正常に戻る。

「どうして、ちょっと痛い目に合わないと言わないのかなー、俺だったらすぐ言っちゃうよ?怖いからー」
「…………」
「で、所属隊と名前は?」
「…………」
「はぁ…やれやれ全く…」
「……… …」
「あ??」
「………第107歩兵師団…伊藤小隊所属…波崎純一…」

「御丁寧にどうも、最初から言えばいいのに。それで?どういう経緯で、こんな人形みたいな
 兵にされた?何でもいいから話してみろ、どんな話でも私なら一通りわかる。話してみろ」




「……俺は元々この世界の住人だ……


この戦争が始まる前、宣戦布告のあったあの日の数日前…
俺達この世界の人間は突然、全員が朦朧とした感覚に襲われた。
それはまるで麻薬を吸ったような快楽とも言えるような感覚だったし、
一方で自分の意識が何処かに飛んでいった後のような虚無感だった。その時の記憶は殆ど無い。

気が付くと見知らぬ飛行機の中にいた。小さな窓から外を見ると、数え切れない多くの飛行機が
一緒に飛んでいた。どの飛行機も人を満載しているようで、機内は人で埋め尽くされていた。
ある奴は正気に戻りすぎたのか機内で反乱を起こして、コックピットに突入したが、
その場で取り抑えられていた。大半の人間が平然と黙って座っていた。

その内、飛行機が揺れ始めた。小さな窓には何も見えなくなった。雲の中にでも入ったのだろう。
大きな揺れと小さな揺れが暫く不規則に続いた。その時、またあの朦朧とした感覚に襲われた。
今度はとびきり強い奴だ。睡魔に似たような感覚に襲われ、
起きる事すら出来なかった俺たちは次々と眠りに落ちていった……


…それからの記憶は……一切無い。

気が付いたら船の中だ。水の音で分かった。上に上がると目の前に多くの艦隊がいた。
ふと上を見上げると巨砲に艦橋、水雷設備、高射砲…戦艦だと分かった。空母もいた。
その内、上陸部隊が編成された。俺たちはただ戦う事だけを命令され…今ここにいる…



…これが全てだ」


「…どういう事だ。肝心な部分がまるで無いじゃないか」

「本当に知らないんだ。勿論、これは俺自身の意思として言っている。
 いつアンドロイド化されたなんて知らねーよ」

「……せ……話せ…」

「だから覚えてな…」




シークは再び目の色を変え、
半分泣き叫ぶような形で敵捕虜を怒濤した。

「話せェ!話せよォオ!!
 このままじゃ…このままじゃアイツに
 顔向け出来ねーんだよォ!!!話せェ!話せェ!!
 話せェエエエエエエエエエッッ!!!!



「…!!」
その勢いに敵捕虜は思わず体をびくつかせた。

「……ちっくしょう…ちくしょう…!!」
「…………」
「…何処までも馬鹿にしやがって…」
「…………」






敵捕虜は、小さく呟いた。



「…………一つだけ思い出した。1人の少年と少女の名前。何故かこれだけ記憶が残っている」
「……その2人の名前は?」

次の敵捕虜の言葉にシークは、思わず体を止めた。













「確か……杉原直哉と…鷲宮楓…だったか………」