Wafty’s diary

情熱は止まらない 私達は進み続ける

【第50話 翼 -前編最終話-】 SPECIAL ATTACK APPLICANT




「確か……杉原直哉と…鷲宮楓…だったか………」

敵捕虜の言葉にシークは、思わず体を止めた。

「…何でその名前が出るんだ」
「さぁな…」


ピピッ
「通信だ、ちょっと失礼」
「…………」

その時、シークのFlexに突然通信が入った。切羽詰まった甲高い声が聞こえてきた。

『シークさん!今すぐそこから離れて下さい!』
「えっ」
『いいから早く!!早く!!!』
「君は…?」

“洋祐さん…!!”

「…!」



シークが後ろを振り向こうとした時だった。敵捕虜は音も立てずにシークのすぐ背後まで迫っていた。
同時に自らの身体に冷たい金属の刃物が貫くのを感じた。


「……!!…グ…ハァッ…!!!!」



すぐに刃物は身体の中をすり抜けていく。
身体から大量の血が溢れ出し、滴る血で地面が黒く染まっていく。

「待て…!!…やめ…」
「すまんな、プログラムが再起したんでね」

敵捕虜は躊躇なく何度も刃物をシークを貫く。冷たい金属が身体をすり抜ける度に、血は勢いを増す。
声にならない痛みが全身を襲う。仰向けで、その場に倒れ込む。

「ハァッ…!!…ハァッ…!!」
「………何故避けなかった」
「ッ……ハァッ……」
「お前は全て知っている筈だ。なのに何故避けなかった」
「…何で……だろう…な… …!!」

喋る度に全身が激痛に襲われ、血が流れ出ていく。

「名もなきデオキシス…お前は自らをシークと名乗った。その理由は2つ。
 1つはSecret…謎の存在。そしてもう1つはSeek…お前は何かを、この世界で探していたからだ。違うか?」

「…ッハハ……大正解だな………」

「しかし結局、我々は最後までお前の正体を掴めなかった。
 だが、お前が人間世界の意思で動いているのは明白だ。
 どうやってこの世界を特定したかは知らないが、お前は踏み込んではならない暗黙の領域に足を踏み入れた。
 そして、人類を敵にした」

Flexに甲高い声と情報部のメンバーと思われる動揺と混乱の声が聞こえる。

『あ…あぁ…嫌…嫌…いやあぁあぁあああああぁぁぁ―――!!!』
『どうした!?何があった!』
『シークさんがぁぁぁ!シークさんがあぁぁぁぁ――!!』
『中央特派員がやられた!』
『状況は!援護急げ――!』




「…ハハ…すげぇ動揺だな………」
「お前は人間の何が不満なんだ」

「不満…?……“全て”だ………言ったところで……お前らには一生分からないだろうな…
 ……日常を犠牲にしてまでして、誰かを助けようとする者の信念なんて…
 お前らには一生分からないんだろうなァ…!!」

「……」

「だが、それももう…おしまいだ。俺の息が耐えるのも、もう時間の問題だ……
 私はもう全てを彼等に託した。やり残した事は…アイツを最後まで見つけられなかった事くらいだ。
 でも……お前にやられる前に、ふとアイツの声が聞こえた気がした。
 きっと、まだアイツは生きてる…根拠も無いのに何だか安心した……だから、もう悔いは無い…」

「…だから避けなかったのか」

「シナリオも…もう変えられないしな……いくら避けても私はこうなる運命だった。
 途中で消える事は最初から分かっていたからな」

「なら…俺がこの先、何をするかも分かっているんだろう?」

「あぁ、私はあと数分したら死ぬだろう。しかしお前も数分後には死ぬ。
 どんなルートを避けようとも1時間以内には必ず死ぬよ。お前の頭の怪我も結構深かった筈だしな」

「そうだ…御互い様だな。でも、あんた俺にやられると分かっていても、いざやられる時には抵抗をした。
 それはまだあんた自身が少しでも生きたかった…
 まだこの世界に未練があったっていう意思表示じゃなかったのか…?」



「……あぁ、そうさ…こんな残酷な戦争の中であっても、私はまだ居たかったさ…
 最後まで彼等を見届けたかった…
 この戦争を始めた連中に少しでも報いを与えるなんて…ほんの少しでも夢を見たかったさ…!」



「…そっか…そういう事だったか」




「…おしまいだ。これで終わりだ」
「あぁ…最後にあんたの気持ち、分かった気がするよ…ありがとな…最後に人間として大切な何かを思い出させてくれて」



「ハハ……遅すぎんだよ……もう…」
「……そうだな…」














「…さぁ帰ろう……東京…へ………」




シークは息を引き取った。









直後、尋問室に陸上隊員達を初めとした監視部隊が突入してきた。突入と同時に敵捕虜は即時射殺された。
尋問室の地面は大量の血で一面染まり、海のような有り様だった。










“洋祐さんっ、洋祐さーんっ”
“何だ楓、まだ俺に用があるのか?”
“いえ、その…洋祐さんは何でそんなにお人好しなのかなぁって…”
“お人好し?俺が?そりゃないわー”

“いえいえ!こんな私にも構ってくれますし、
 色んな場面で他人を助けてくれそうなオーラ放ってるじゃないですかー”

“はぁ…俺にはそんな余裕ないよ”
“自覚は無くても周りから見れば、案外そう見えたりもするのですよっ”
“そんなもんかねぇ”
“そんなもんです。生きてりゃいい事もきっとあるです!”
“お前にも逢えたしな”
“はわゎゎ…そういう事じゃ…///”
“何を勘違いしとるんじゃ ポカッ”
“うぅー…殴るなんて酷いですー…”
“でも、楓に逢えて嬉しかったのは本当だよ”
“洋祐さん…”
“もし俺が消えても、楓は楓自身の信念で生き抜いていけばそれでいい。それが俺の望みだ”
“ねぇ洋祐さん…本当に消えたりしませんよね…”

“俺は大丈夫さ。残念ながら俺は愚痴を言いながらも生き残る事には結構しぶとくてね。
 どちらの世界だろうが少なくとも、消えたりはしない。
 今まで30年生きてきて、死ぬような体験も何回かはあったけど、
 有り難い事に今もこうして生きている。もっとも、戦争が無い時代に生まれたってだけで、
 既に十分幸せな事なんだけどね。今のこの国は本当に豊かで平和そのものだよ。
 数十年前の人々は、こんな時代をずっと望んでいた。そして、今のこの国はとても恵まれている。
 …恵まれているのに、そんなの初めから分かっている筈なのに…
 この国では今日も至るところで誰かが不幸を嘆いている。残念だ、とても残念だ。
 生きるのが辛い世の中だなんて、死があるか無いかの差だけで戦時中と何一つ変わらない。
 だったら、今の現状の何処に価値を見出だせばいい?
 幸せ故の不幸せ、贅沢な悩みと言えば確かにそれで終わる…
 終わるけど……俺はせめて……一人の人間として…権力や地位を一切抜きにしてでも、
 自分が正しいと思った意思に沿って生きたい……
 そんなのずっと叶わない儚い空想の生き方かと思っていたよ。
 でも、その儚い空想の生き方が出来る機会は訪れた。仮にもし、楓が言う別世界での戦争というのが今まさに、
 この国で実際に起きているならば、それは大問題だ。世間に発覚すれば波紋を与えるかもしれない。
 それどころか、法律や人々の倫理観まで影響する可能性だってある。”

“云わば賭けみたいな物ですね…”


“そうだ。世間にこの嘘みたいな戦争が発覚した時、人々はどう受け止めるだろう?
 馬鹿げた話だと誰も気にせず、無かったかのように無視されるならば俺達の負けであり、
 向こうの世界に生きる彼等にとっても負けだ。

 だが、その逆の結果…つまり、世間に波紋を与えて法律や人々の倫理観まで影響したら俺達の勝ちであり、
 向こうの世界に生きる彼等にとっても少なからず勝利となる。だが、彼等にとっては世界存亡を賭けた戦いだ。
 世界が残らなければ、その時点で負け。何もかもが無かった事になる…
 そんなんじゃ、彼等に何の報いも残らない。”


“生きていた証ですら奪われるなんて、あまりにも残酷ですよ…
 人間が彼等を生み出し、それを無かった事にする罪はあまりにも大きいです。”




“……楓…”

“…はい”


“お前の力を貸してくれ。今の世間を変えるにはお前の力が必要だ”
“勿論です。その為に、ここまでやってきたようなものですから”

“分身体じゃない本当のお前が、この世界に戻った時、俺と会った記憶は抹消される。
 だから俺はこの先、見届けるだけの使えない奴かもしれない。それでも構わないか?”

“いいんです。洋祐さんには本当の事を知ってもらいたかった。
 それだけで、少しでもこの世界を変える切っ掛けになれば…これ以上の私の望みはありません”



“…本当に…それだけでいいのか?”







楓はその言葉に、思わず目頭が熱くなった。熱くなった目頭は、直ぐに涙となって頬を伝う。



“それだけなわけ…無いじゃないですかっ…!!…私はずっと洋祐さんの事…忘れたくないんです…!!
 ……ずっと憧れていた人にやっと会えて…それなのに…何で…こんな事になっちゃうんだろう………
 本当は怖いんです…怖がりの臆病者なんです。
 今も震えてる……洋祐さん…私……どうしたら…いいの……かな……”







楓の頬を伝う涙が夕日で一瞬輝いた。




私はそっと楓を抱き締めた。




“……っ……あんまりですよ…こんな事されても…忘れてしまうなんて……あんまりです………っ……”

“すまない、楓…”

“…洋祐さんみたいな優しい人が…もっといればいいのになぁ……”



楓のその言葉に、今度は此方が思わず目頭が熱くなった。
熱くなった目頭を抑え、抱き締めていた小さな楓の身体を放す。






“…これでお別れです。さよならなのです。”
“さよならなんて言うなよ。寂しいじゃないか”
“でも記憶が…”

“楓が残らなくても俺は残る。分身体じゃない本当のお前が、この世界に戻ったら、
 今度は俺がお前に会いに行く番だ。
 今の記憶は無くても、お前にとって俺が憧れの人であるという思いがまだ残っている。
 きっとまたこうして話し合える日が来るさ”

“本当に洋祐さんは…お人好しですね…もう…”
“可愛い子を見ると放っておけないんでね キリッ”
“ふふ…今ので台無しですよ…っ…”
“嬉しいくせに~”
“うん…嬉しいです…///”


彼女の頭をポンポンと叩く。
照れながら喜ぶ笑顔は、まるで紅く染まった楓の葉のように色鮮やかに私の記憶の中へ刻まれた。


“楓が成長した姿を俺は楽しみにしてるよ。それじゃ、俺は帰るよ”

“洋祐さん…私、強くなります…!挫けても挫けても最後まできっとやり遂げて見せますから…!
 だから、洋祐さんも…自分の道を貫いて下さい!いつまでもお元気で…!”

“あぁ、ありがとう!”































視界が明転する。見慣れた天井だ。木の枠で構成される易い造りの天井。
上からは仮説の傘を被せた裸電球が釣り下がっている。俺は元の世界に帰ってきたのか?まだ頭が痛い。
現在時刻を見る。あぁやっぱりだ。最後にFlexで見た時の時刻と、ほとんど変わらない。
やはり楓の言っていた事は正しかった。

「う…埃っぽいな」

別世界に転送されてからはだいぶ時間が経っているらしい。数ヵ月といったところか。棚やら机やら埃だらけだ。
掃除する人もいないし、恐らく郵便受けも悲惨な状況なはずだ。そういえば、家賃滞納もしている。
空き家扱いとされて、ガスやら水道が止められてなければいいんだが。
それらを確かめようにも身体が言うことを聞かない。何だか身体全体が酷く重く感じる。
それに息をするのも苦しい。

思い出した。
俺、刺されてたんだ。身体中を。
冷たい金属が何度も体内をすり抜けた。今も思い出すだけで吐き気がする。しかし、
あんな芸当が出来たということはあの敵捕虜には身体に元々あんな刃物が装備されていたことになるな。
気付かなかった。

今となっちゃ後の祭りだが。


数時間が経過して、ようやく身体が起こせるようになった。
ずっと空中を浮くような行動ばっかりしていたから、地に足を付ける行為自体に何だか新鮮さを感じる。
窓を開けると、夜中なのに生温い風しか入ってこない。熱帯夜らしい。
とは言っても都会の空気は季節を問わずに変に生温いから特に違和感は感じない。特別生温いってだけだ。
生温い風でも部屋に籠っていた数ヵ月分の空気が入れ替わる方がまだマシだ。埃よ、さっさと宙におかえり。


ふと遠くの高層ビル群を眺めた。
青白い光に満ちた綺麗な夜景が、いつものようにこの世界では広がっている。



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まるで、数時間前まで起きていた事が幻のようで思えてなら無い。
ずっと長い夢を見続けていただけのような気がする。
しかし、確かに彼等はそこにいた。確かに彼等の生きる世界がそこにはあった。
信じられないような不条理な現実を多く突き付けられた彼等の生き様を沢山この目で見届けた。

そして、俺はセレンと名乗るポケモンに全てを託した。
無責任かもしれない、そう言われても反論はするつもりはない。



だが、彼ならやれる。
彼ならきっとやって見せる。
セレン、俺はお前を信じている。
お前はシークじゃない俺も受け入れてくれたんだ。人類全てが敵じゃない事も、分かってくれただろう。









来るべき日まであと少しだ。

頑張れとは言わない。

生きろ。

生き抜け。

地にへばりついてでも、生き抜け。

生き抜いて生き様を見せ付けろ。







それがこの物語の結末だ。

そして、結末の後の物語を切り開いていってくれ――――




セレン、俺はお前を待っている。
























お前のその翼は、本物だ。




【SPECIAL ATTACK APPLICANT 前編(第1話~第50話)  完結】