Wafty’s diary

情熱は止まらない 私達は進み続ける

【第51話 聖戦 -後編第1話-】 SPECIAL ATTACK APPLICANT

空は心みたいなものだと思う。

晴れだったり、曇りだったり、雨だったり、雪だったり…その姿は実に多種多様だ。
まるで心情をそのまま映した鏡のようにすら思える。

空は母みたいなものだと思う。

時に優しく、時に厳しく。いくら時間が経過しても、その存在はいつだって大きい。
空は今まで全ての歴史を見守り続けた。外に出れば、誰にでも公平に生きる者を出迎えてくれる。
特に幼い頃に母が病死した俺にとって、空はいつでも見守ってくれる母同然のような存在だった。

そして、空は美しい。

あの青々とした世界に、誰もが一度は憧れる。
翼の無いものは翼を欲しがって、その世界に飛び立とうとする。
翼のあるものは、その世界の様々な姿を知っていく。そして、空には様々なドラマが生まれていった。



空―――

俺にとって、空はかけがえのない存在だ。だから、俺はいつまでも、
ずっとこの空が絶えずこれからもあり続けていて欲しい、誰よりもそう強く願った。





この空だけは、意地でも最後まで命懸けで守り抜く。
SP隊員になったあの日。俺は、そう誓った。



SP隊員…
それは最後の切り札であり、最後の希望となる存在。
その集団は、かつて人間世界で愛するものの為に散っていった若者達に最大限の敬意を込め、
命を犠牲にするまでして守り抜く揺るぎない覚悟を持つ者で編制される精鋭集団。
彼等は、こう呼ばれた。


SPECIAL ATTACK APPLICANT
特攻者たち――――――


























夏が終わりに近付いている。
熱帯夜のピークは、この日を境に衰えていった。


2体の死体が血塗れで地面に横たわっている。
1体は敵捕虜、もう1体は伝説のポケモンデオキシス』―――
死体は御互いが重なるように横たわっていた。

敵捕虜の監視役をシークに託した隊員、スラクは突入の先陣を切って敵捕虜を即時射殺した張本人だ。彼は敵捕虜を射殺した後、膝を落とし
血まみれになった二つの死体を、何も言わず死んだ様な目でしばらく見続けたという。







「―――…冗談はよして下さい」

俺がシークさんの死亡を聞いたのは、翌朝になってからだった。
ハヤテ先輩との会話が嫌に冷たく感じた。

「事実だ」
「やめて下さい、何かの間違いです。誤報か何かですよ。やだなぁ、真に受けないで下さいよ先輩」
「事実だ」
「根拠もないのにどうやって信じ…」

唐突に俺のFlexに、シークさんのコードナンバー信号履歴が表示された。
そこには昨夜を最後に信号反応が一切無い事が表示されていた。

「ハハッ…やだなぁ…きっとシークさん、また通信を一時的に切ってるんですよ。
 先輩は知らないと思いますが、そんな芸当が彼なら出来るんですよ」

「セレン、俺は“通信”とは一言も言っていない」
「……」

「切れているのは“信号”。生存状況だ。これはFlex所持者が情報部で登録を解除しない限り、
 所持者本人が完全に息を引き取るまで半永久的に消える事が無い代物だ。
 無論、これは所持者から操作する事はまず不可能だ」

「……やめて下さいよ」
「辛いが事実だ」
「やめて下さい」
「これを見てもまだ信じられないか」

俺のFlexに画像が表示される。画像には2つの死体が写っていた。
地面は血まみれに染まり、折り重なるように死体は写っていた。
1体は敵兵、もう1体は…見覚えのある姿だった。ハヤテ先輩は坦々と画像について説明する。

「前線の陸上隊員から昨夜、情報部宛に送られた報告に添付された画像だ。
 情報部の奴に事情を話し特別に許可を得て、画像を表示させている」

「………違う…」

ドクンッ
心臓の音が徐々に高まるのを感じた。

「セレン、写っているのは何だ?」
「…違う………違う…!」

ドクンッドクンッ
あぁ、これは夢だ。きっと夢なんだ。また悪夢か何かを見てるんだ。きっとまだ…シークさんは……!

「逃げるなセレン、目を反らすな」

ドクンッドクンッドクンッ
怖い。次の言葉が怖い…

「ここに写っている死体は」

ドクンッドクンッドクンッドクンッ
嫌だ…言わないでくれ…!
嫌だ…!
嫌だ……!
嫌だ………!











“逃げないで…強く生きて…!”

「!!」

またあの声が一瞬だけ、聞こえた。





「S-99423、シークだ」
ハヤテ先輩の声は最後まで坦々としていた。俺は小さな声で返した。


「……はい…」











伝説ポケモンの死は、この世界に衝撃を与える。
しかし、仁義無き無慈悲なこの戦争で伝説ポケモンの死は、やがて珍しい事では無くなっていく。
シークさんの死を切っ掛けに、伝説ポケモンの死の報告は度々聞かれるようになったという。

当然だが、伝説ポケモンが攻撃する時の破壊力は凄まじい。
その土地の地形を一瞬で変えたり、灰に変えたり、消し去る事も平然とやってのける。
彼等はその力で、この世界の歴史をも作ってきた。世界における影響も絶大だ。
だから彼等は半ば必然的に上層部に編入されたり、作戦指揮担当、特殊役職担当として扱われたり、最低でも中央の特派員として扱われるのが通例であった。いわゆるエリート中のエリート集団。

だが決して全ての伝説ポケモンが、そんな立場を希望するわけでは無い。
ごく稀ではあるが、一般兵にも多く接触するような親しみのあるポケモンもいる。
故に、たまに完璧すぎるほど勝利をする戦いが発生することがあったが、
その戦いには何かしらの伝説ポケモンが関わっていると思ってまず間違いないだろう。

勿論、初めの頃は、戦力確保並びに最終決戦に備え、上層部や情報部は伝説ポケモン
戦闘に参加するのは極力やめるよう勧告をしていた。しかし、敵の上陸を食い止められない今は
そうもいかない。極秘であるのを条件に、一般部隊を支える少数の伝説ポケモンにも戦闘許可が
既に出始めていた。従って、知らずのうちに伝説ポケモンが作戦に加わっているなんて噂話も
たまに聞かれるようになっていった。

この許可によってある程度の戦果が期待された。
現に各地で完全な勝利を遂げた戦いが幾つも発生した。その度に、敵は後退していった。
相手がチートなら、此方もチート
伝説ポケモンを密かに忍ばせた戦いは、敵にとって大きな脅威になっただろう。




だが、考えなくても分かる。
そんなのは結局、一種の時間稼ぎでしか無い。


伝説ポケモンを密かに忍ばせるという事は、逆に
敵に「伝説ポケモンさえ撃ち取れば勝てる」という事を教えているようなものなのだから。

伝説ポケモンの力を借りて、やっと耐えられるくらいの圧倒的な物量戦で仕掛ける敵なのに、
もし作戦に忍びこんでいる伝説ポケモンの存在に気付いて、一気に伝説ポケモンだけを目掛けて
攻撃を集中させてきたら―――…




そんな悪夢はある日、別の地方での作戦で遂に現実のものとなった。

上層部や情報部が恐れていた事が、徐々に始まったのである。









かつて戦争が始まる前――――

この世界にいた人間は、たまに伝説ポケモンを悪用しようとあらゆる手段で、彼等を苦しめようとし、
捕獲しようとし、最悪の場合は死に至らしてしまうような悲しい事例も残念ながらあった。
その度に、同じ人間同士なのに、その悪態を止めようとする正義を名乗る人間がいた。
正義の反対は悪では無く、また別の正義とは言うが正直、未熟な俺には「正義」という言葉は
人が意見の正当化の為に都合よく付けた飾りのようにしか思えなかった。
つまり、その気になれば人はいつでも「悪」であっても「正義」に変えてしまうのだ。


感情があるから、人は感動する。感動するから、突き動かされる。
確かにこれは他のどの生き物にも無い素晴らしい要素だ。


だが人は知性を持ち、理性を持つ。
故に“出来ない”を“出来る”にする力を得て、支配圏を広げていった。
同時に、ズル賢いという言葉が生まれてしまうような事も次々やってのける。
何が答えか、何が正しいのかさえも全て自分たちで作ってしまうのだから。
確かにこれも他のどの生き物にも無い素晴らしい要素だ。

だから人間は、自らの愚かさを完全に認めないまま同じ様な歴史を今までも、
そして、きっとこれからも繰り返していくだけなのだろう。
全ては忘れてしまって、無かった事として扱い、再び繰り返していく――――


戦争という概念が一番、それを象徴している事を分かっておきながらも。







伝説ポケモンが必死に攻防した戦いは『聖戦』と呼ばれた。

伝説ポケモンは血縁関係も謎が多く、ほとんどが孤独であった。
彼等は、誰かのためでもない…この世界のために全力で戦った。
それは、他の誰よりもこの世界を愛し、守りたかったという何よりの証拠だろう。
だから、一般兵はそんな彼等に敬意を込めて、
彼等が必死に攻防した戦いを『聖戦』と呼び、全力でサポートをした。



何故、死ぬと分かっていながらも彼等は戦いの最前線へと向かったのか。















その答えは、きっと
彼等にしか分からないだろう――――