Wafty’s diary

情熱は止まらない 私達は進み続ける

【第52話 北部の戦い】 SPECIAL ATTACK APPLICANT

伝説ポケモンの活躍もあって、陸上戦闘の時間稼ぎの成果は想像以上に出ていた。

しかし、海上の艦隊にはその攻撃すらも通じない。
イタチごっこみたいなもので、やられてはやり返すを、ただひたすら繰り返す。
その繰り返しがいつまでも保つわけもなく、夏が終わる頃には前線は上陸から大分、
内陸部へと圧されていた。陸上隊の犠牲者は、もう数え切れない程だった。
それはジョウトに限った事ではなく、どの地方でも同じ事だった。



夏が終われば、秋が来る。

以前は、この世界では季節の変わり目は比較的ハッキリしていた。
だが開戦以降、人間世界と気象が同期したせいで、
この世界にも残暑が厳しい日々が訪れるようになる。
残暑はただでさえ、不条理な状況下に置かれている隊員達の戦闘意欲を低下させた。

しかし、更に隊員達の戦闘意欲を低下させたモノがある。

寒波だ。

秋になる。それは、すなわち、北部の地方では気温の低下を示唆していた。
俺は知らなさすぎた。あまりにも嘗め過ぎていた。
北部の気象条件が、これ程過酷で厳しいものであるかということを。







北部の戦い――

後にそう称される戦いは、詳細な記録がほとんど残っていない。
まるで、雪に埋もれる様に忘れ去られた、その戦いには俺が知らない数々のドラマがあったという。
この戦争の始まりと言ってもいい、あの無人船が登場したシンオウ地方
シークさんが撃沈した無人船の事件調査から、シンオウ地方の戦いの歴史は始まった。
当時の事件調査を担当した海上隊の隊員が、こんな証言を残していたという。

「海底に沈む船内に入ったら、制御系統の配電盤と思われるカバーに、
 小さな文字が刻まれてあるのを見つけたんです。そこにはこう書かれてあったんです――――

“た す け て”

――私には何の事を差しているのかさっぱりでしたがね。」

この謎のメッセージの意図は、今になっても明らかになっていない。
誰が書いたのか、どういう状況で書き込まれたものなのかさっぱり分からないのだ。
シンオウの情報部は最初は、このメッセージについても解明しようとしていたが
情報量の少なさから解明を中止。他の地方情報部同様、すぐ様、作戦指揮体制に移行した。

だが、戦争の経過は地方が開拓された時期が新しくなるにつれて深刻なものと化している
傾向にあったという。つまり、カントーが最も敵の侵攻を防げていたという事になる。
しかし、悲惨な状況下に置かれたのは、どの地方も同じで
追い込まれるまでのスピードが若干違うに過ぎなかった。

加えて、シンオウでは戦闘に大きな影響を与える寒波が容赦なく襲い、
戦いは壮絶な運命を辿ることとなる…









ここは風速20m/sを越える風が吹くのも当たり前な世界だ。
これに雪だの、みぞれだの、色々混ざるのだから堪ったもんじゃない。
秋が深まれば、ここでは冬を意味する。人間世界では、連日のように『暴風雪警報』が表示される。
よりによって今年は寒波が早く来たという。極寒の中の戦いは、戦意だけでなく体力まで削り取られ、
その寒さは命すら奪っていく。彼等にとっては、寒波ですら敵なのだ。

「……ぃ……さむ…ぃ………」
「耐えろ……まだ何もしていない…」
「…ぃ……帰り……た…い………」
「………ぅ……っ……~~……」
「…っ…はぁ――――……………」

容赦なく風は叩き付け、体感温度をジリジリと下げていく。低体温症になる者も続出していった。
風は地面に降り積もった雪を巻き上げ、視界までも奪っていく。敵も味方も白い防護服に身を包み、
互いに発見されないようにしていた。ただ、実際にはそんな物は飾りに等しく、
敵は『早期警戒レーダー』、味方は『Flex』で早々に互いを発見する。
こんな所でも情報戦が展開されていた。あまりの寒さに暖を取りたい衝動に駆られる。
しかし、そんな事をしたら敵に自分達の位置を知らせるようなものなので、
野外においてそれは自殺行為のようなものだった。
皮肉にも、命を繋げるための暖が命を更に早く奪っていくのである。
従って、暴風雪が酷いときには野内に籠るしか寒さを凌ぐ方法は無かった。
ここでは『Flex』だけが、敵を知る唯一の手懸かりであり、命綱なようなものだった。


何も見えない一面銀世界の中から、モソモソと白い防護服に包まれた集団が音もせずに現れる様子は、不気味だ。『集団雪男』なんて名前を付けてもいいような光景が幾度も続く。
お互いが白い防護服に身を包んでいるため、レーダーが無ければ敵か味方かの区別は困難を極める。幸い、こちらには人型の姿をしたポケモンはそう多くないので、人の形をした集団の影を見つけると
肉眼でも敵だと判断できる。敵を見つけると様子見のため、ほぼ毎回と言っていいほど数十秒ほど、
その場に沈黙が訪れる。この沈黙も更に不気味演出を手助けしていた。


怖いのは、この沈黙が破られる瞬間だ。

白しかないはずの世界に突然、黒い物が視界に入った。
何だ?音もなく、その黒い影は大きくなる。直後、味方の小隊長が勧告した。

「重戦車だ!伏せろ!」

ドォン!
凄まじい砲撃音が、暴風雪の中に響き渡る。砲撃された弾は空気を引き裂いて、
自分達の元へ的確に落下してくる。

シャシャシャ… バァンッ!!

「う…!」
間一髪だった。
弾は数メートル隣で、不発のまま雪の中に突き刺さっていた。こんな現象は早々ない。

「あ…あぁ…まだ見捨てられた訳じゃ…な…」
「何やってる!早く体制を固めろ!次が来るぞ!」
「…ハッ!」

いつの間にか敵の重戦車は、ぞろぞろと増えている。白い世界のなかで区別出来るのは、
その黒い戦車と砲撃する際に発する光や火といった類いのみであった。
自分達は『Flex』があるから前線であっても、敵の位置は分かる。

ただ、北部の戦いで謎だったのは敵の探索能力の方だったという。
自分達の様に一人一人が探索機器を所持している様子が一切、見られなかったのである。
それなのに、敵兵は自分達以上に正確に目標を狙ってくる様に感じられた。
暴風雪の中で、そんな事が可能なのだろうか?

いや…よそう。奴等には自分達が考える常識なんて通じない。
常に予想の3倍くらいの装備で迫ってくる。考えるだけ相手の思う壺だ。
自分達には『Flex』という強力なサポート機器と自身の本来の能力、そして強靭なチームワークがある。戦争に常識なんて初めから通じない…絶対なんて事もない。




ならば、この命が尽きるまで…最期の最後まで足掻いて足掻いて足掻き通してやる。

無駄な足掻きと言われようが、気にするものか。
無駄な叫びと言われようが、気にするものか。
行動に無駄など、初めから微塵も無い。全ての行動に意味はある。

これが、私達が生きたという命の証だ…! 

本当に怖いのは、何もしないことだ。








彼等は極寒の孤独な世界で、想像を絶する奮闘をした。
だが、その詳細な戦闘記録は、ほとんど残っていない。
先程の話は、シンオウで最後まで生き残った陸上隊員の証言を元に再現した戦闘の一部始終だ。
本当は、これ以上のドラマが各戦場で繰り広げられたに違いない。

何故、この北部の戦いについての戦闘記録が、ほとんど残っていないのか…
今も分からない謎の一つだ。今のところ敵に抹消された可能性が高いが、仮にそうだとしたら何故、
抹消する必要があったのか。隠したい事でもない限り、普通はこんな事はしない。

ただでさえ、戦争自体を隠したい敵が更に、シンオウの地で隠した事実とは一体何だったのか。
謎は深まるばかりだ。








全ては、北の冷たい風にかきけされ、雪に埋もれていったかの様で…
絶えず海から押し寄せる白波の音だけが、戦闘を記憶している唯一の存在となっていった。









北部の戦いで、戦死者は軽く20万を越えたという。