Wafty’s diary

情熱は止まらない 私達は進み続ける

【第53話 未知の勝利】 SPECIAL ATTACK APPLICANT

「勝った…?」

耳を疑うような知らせだった。
『神山島の斬り込み』以来、完全に“勝った”なんて言葉を聞かなくなっていたからだ。
圧倒的な物量戦で攻めてくる敵に対し、勝つなんてのは一瞬の幻想のようなもので
翌日になれば直ぐに領土が奪い返されるのがオチだったからだ。

それが今回は違うらしい。もう1週間以上、領土を奪い返されていないという。
敵が再び攻めてくる気配すら無いらしい。一体何があったというのだ。

当初その知らせを聞いた時は、経験上、俺は嫌な予感しかしなかったが、知らせを聞いてから
3週間が過ぎても奪い返されていない様子を見ると、本当に勝利したかのように錯覚する。
危険な考えだとは分かっていながらも、ここの所“勝利”という言葉を聞いてなかった味方側の
心境からすれば少しでも僅かな“勝利”の余韻にすがりたかったのかもしれない。

俺にとっては、それは“未知の勝利”だった。
何故なら、俺の知らないまだ見ぬ新しい地方で起きた事だからだ。
彼等がどんな戦いを経て、そのような強固な勝利を得たのかは分からない。
ジョウトのような、ミライみたいな存在がいたのかもしれない。
何にせよ、そのような勝利を得るためには強力なサポートがあったはずだ。

その“未知の勝利”を達成した地方では、その後、
その土地を第2の拠点として基地を構え活動を展開した。
不思議な事に、敵はその後もしばらくはこの土地を攻撃する気配を見せなかったという。
第2の拠点として活動を展開する一方、
当然のように、上層部や情報部は終始この現状について警戒していた。

しかし、実際にはその“勝利した土地”には前線としては比較的穏便な空気が流れていた。
後に、そこは各地方へ援軍を派遣する一大拠点となっていくことになる。不利な状況下でも
こんな拠点基地を形成できたのは奇跡に等しいと言われた事もあったが、そんなのは敵の
手のひらの中で踊らされているに過ぎない事を、上層部や情報部は始めから知っていた。

敵は何を企んでる…

弾が飛ばない拠点基地で、そう思う者は少なかっただろう。
無意識の内に今の現状に安心を感じているのだ。
このままだと…また過ちを繰り返す事になる…起こってからでは遅いのに。


手にも届かない強大な何かが、にんまりと笑っている様な気がした。





もう俺は知っている。
全ては、敵のシナリオの中に設けられた余興に過ぎないという事を。

怖かった。シークさんがこの世界からいなくなって、正解を言ってくれる存在がいないように思えた。
誰も向かうべき道筋を与えてくれる者がいない。

俺だけが異常な程、知らなくてもいい事を知りすぎているみたいで逆に孤立しているようだった。




“君だけじゃないよ”


え?




バシッ
「ほら!ボーッとするな、セレン!」
不意に先輩から翼を叩かれてハッとする。
そうだ、今は都市部の偵察飛行の途中だ。ボーッとしてる余裕はない。

でも…また聞こえた、あの声が。
不思議だ。何処からともなく突然、聞こえる。まるで俺に語りかけるかのように…
君は本当に一体、何者なんだ………



……

ジョウト航空管制から上空偵察部隊、07編成に告ぐ――。
 飛行ルートそのまま、アサギ方面CエリアからFエリアに抜けるルートで飛行せよ」
「了解した――」

定期的に入る無線も、すっかり聞き慣れて環境音みたいになっている。
大空中戦以来、俺の部隊はあまり敵に遭遇する事は無かった。
だから今は陸上隊の援護が主要任務だ。合間に、このように偵察任務も入る。
平穏な空気が流れているようで、いつ誰がやられてもおかしくない状況だった。

静かだ。

ふと下に広がるゴーストタウンと化した街を見る。
ここは海上に面した都市、かつて多くの住人達が済んでいた。
今ではビル群の間を冷たい風が通り過ぎるだけの閑散とした風景が広がっている。
あちらこちらで、ガラスが割れている跡があるのは暴動やら反乱の跡だろうか。
ガラスの破片やコンクリートの欠片が時々、生々しくあちらこちらに散らばっていた。
インフラや公共交通を除けば、開戦当時のあの風景のままだ。
ここには、都市攻防戦に備え、かなりの陸上部隊を設置しているとの話を聞くが、上空から
その様子は確認できない。おそらく屋内または地下のあらゆる場所に配置されているのだろう。

静かだ。

きっと、ここにはまだ戦闘の波紋がまだ来ていないのだろ…











“パァン!”










「え…?」


視界の先に、味方のものと思われる信号弾が見えた。


信号弾の先には都市郊外から夥しい数の人影が迫っているのが見えた。