Wafty’s diary

情熱は止まらない 私達は進み続ける

【第54話 都市白兵戦】 SPECIAL ATTACK APPLICANT

明かりが差さない暗い地下空間に吐息の音が聞こえる。
その吐息の発生源は都市攻防戦に割り当てられた無数の陸上隊員達だ。
敵の侵攻を察知し警戒宣言が発令された地下空間は、
発令と同時に、ありとあらゆる灯りが消され一気に暗闇と化した。
周りに何があるか分からないほど暗いため、Flexの画面から放つ光は貴重な光源になっていた。


ズゥン…

何かが地面に着弾したような音が聞こえた。
地下の空間には地上の騒音が地震のように鈍く低い音で伝わる。
次第に、その騒音の頻度は増えていく。敵がすぐ近くまで迫っている証拠だ。
着弾する度に、地下には鈍い音と小さな揺れが伝わる。
緊張感に押しつぶれそうな隊員達は無意識の内に言葉を発する。

「………なぁ」
「あ?」
「……なんでもねぇ…」
「あっそ」
「………」

話す意識よりも圧迫感の方が強く、会話をしようにも成り立たない。
ただひたすら嫌な空気が流れていく。地上の様子が分からない地下空間。

作戦が始まり、地上に出れば、そこは…







戦場だ。







「“All Station!All Station!アサギ北区陸上前衛部隊から緊急通達――
 敵兵の大規模な侵攻を確認。第一波と見られる部隊は、まもなくアサギ北区郊外に到達。
 数十秒後、当部隊は敵部隊の第一波と全面接触の見込み。
 当方面に飛行中の全航空隊へ上空からの攻撃支援を要請する――”」

最前線から緊急入電が入った。
直後、俺が組み込まれていた上空偵察部隊07編制も攻撃体制に移行する。
既に俺は、その最前線であるアサギ北区郊外を視界に捉えていた。

「“こちらジョウト航空管制、了解した。ジョウト航空管制から上空偵察部隊、04・07編制に告ぐ――
 アサギ北区陸上前衛部隊から攻撃支援要請。偵察行動を中止し、攻撃体制に移行。
 直ちに飛行ルートをアサギ北区郊外へと変更せよ。現場到達と同時に戦闘開始。
 目標、敵部隊第一波。数はおよそ数百、対空戦闘装備の所有を確認。警戒せよ。
 健闘を祈る、以上――”」

通信が切れる。

そういえば、07編制の隊長はリレイド――父さんだった。久しぶりに父さんの姿を見た気がする。
今まで、ほとんど興味一筋でシークさんに付きっきりだったから
何だか無性に父さんを見るのが懐かしい。しかし、今は懐かしむ余裕は無い。
父さんと一瞬、目が合うも、直ぐに目を反らし御互いに身内の気持ちを抑える。
父さんは隊員達に再度警戒を促す。

「極力、低速での低空飛行を避けるように!対空戦闘装備をした敵は想像以上に我々の脅威だ。
 低速で低空飛行をすると直ぐにやられるからな!」

『ハッ!』

「敵の上陸阻止作戦に入っていた奴はその時の教訓を忘れるな!そうでない兵や、経験が浅い兵、
 今作戦が初となる兵は徹底的にこの事を脳に焼き付けろ!奴等は容赦なく撃ってくるぞ!」

『ハッ!』

…やっぱり父さんだ。

“隊員達を死なせたくない”

そんな思いがひしひしと伝わってくる。
航空隊の中で、特攻という禁忌の手段の実行を唯一認められているSP隊…
その一隊長を担う父さんは、かつて同僚にこう言われた事があったらしい。

“お前は死ねと命令が出たら、死ねるのか?”
父さんはこう答えたという。

“っはは、死ねかぁ~困ったなー。少し昔の話をしよう。戦争が始まる前、俺のトレーナーは人間世界の洗脳装置の副作用によって目の前で死んだんだ。凄い死に方だった。身体の内部が破裂して、血が勢いよく吹き出て俺まで真っ赤に染まった。それと同時に強烈な臭いを感じたんだ。飛び散った内蔵やら肝臓の臭いだ。時間が経っていないのに凄い臭いがしてさ、今さっきまで目の前で生きていた人間が一瞬でこうなるんだよ。あまりにも一瞬すぎて、その時は驚きも悲しみも何も無かった。ただ、そこに亡骸が転がってるだけ。それより、後から来る喪失感の方が怖かった。俺はこう思ったね。

死が怖いんじゃない。
死を意識する事が怖いんだ。

だからさ、変かもしれないけど死ねって命令が出たら余計でも生きたいという思いが強くなるんだ。でも、SP隊の名を背負う以上、心の何処かで覚悟はしている。それって命を懸けてでも護りたい大切なものがあるなら、自然と生まれる感情なんだと思う。俺は命を懸けてでも護りたいものを生きている内に失う方が、自分が死ぬよりもよっぽど怖いよ。”

命を懸けてでも護りたいものを生きている内に失う方が、自分が死ぬよりもよっぽど怖い―――
父さんにとって、それは何を意味するのだろう。その答えも、きっと父さん自身にしか分からない。
分かった時はもう…何かが消えている。それは俺も同じ事なのだろう。



「目標接近!」

また戦場が近付いてくる。
シナリオはもう変えられない。
もう後戻りは出来ない。
だから、俺達は行く。
どんな場所であっても。

「攻撃開始!」

敵部隊の第一波が、アサギ北区郊外に到達した。間髪いれずに凄まじい弾幕戦が開始される。
上空にも凄まじい弾幕が張られる。低空から地上を攻撃するには速度を上げないと、
すぐに撃ち落とされてしまう。だが速度を上げれば小回りは効きにくくなる。
如何に体勢をコントロール出来るかが勝負だ。

「第2波接近!」

遥か先に更なる敵の陸上部隊を捉える。04編制はそちらの追撃に向かう。
07編制はひたすら第1波の攻撃を行う。しかし、敵はそう簡単にやられてはくれない。
第1波をほぼ殲滅したと思ったら、既に第2波がこちらへ到達していた。
04編制は更なる第3波を前に奮闘している最中に、高高度から突如現れた敵航空隊によって、
大半が撃ち落とされたらしい。敵航空隊は次第に、こちらへと接近し出す。


「くそ…っ!」
戦闘開始から、どれくらいの時間が経ったのだろう。ついに…その時を迎える。

「“こ、こちらアサギ北区陸上後衛部隊!前衛部隊からの連絡が途絶えました!
 前衛部隊、ほぼ壊滅!第1波の残りと第2波が間もなくアサギ北区中心部に到達します!!”」
「目標変更!目標、敵航空部隊!04編制の仇討ちだ!絶対に逃がすな!!」

07編制隊は敵航空隊に恨みを張らすように突撃する。
だが一瞬、地上に目を移すと敵の部隊が正にアサギ北区中心部に到達した瞬間を
俺は目のあたりにした。周りには陸上隊員達の屍が至る所に転がってる。
その様子を見るなり衝動に刈られ、思わず口にした。

「ッ…お願いです!中心部での防衛をさせて下さいッ!」
「駄目だ!今は上空の航空隊殲滅の方が先だ!もっと被害を増やしたいのか!?」
「しかし敵が…!もう敵が中心部になだれ込んでいるんです!」
「中心部は都市攻防戦担当の陸上隊員に任せる他は無い!」
「そんな定番なフラグを立てたら彼等は…!彼等はぁああッ…!」
「しっかりしろ!俺達は今、目の前でやれることをやるんだ!空を守るのが俺達の役目だろ!」

初対面の隊員にいきなり思いをぶつけてしまった俺を見た父さんは隊長として一言こう言った。

「セレン、敵航空隊の先頭にいるのはセレンの宿敵じゃないのか」

俺はハッとした。目の前に迫る敵航空隊の先頭にいたのは、あの戦闘機だった。
F-2…」

ドクンッ…
一気に記憶が蘇る。思い出した。

初出撃の時に、命を懸けて自分を護った隊員の姿を。彼は俺を不安にさせまいと最期まで笑っていた…生きる事は幸せな事なんだって…最期まで笑って答えてくれた…
そして、俺が意識していないなかで、そっと俺の背中で息をひきとった……覚えてる…

“セレン君は悪くない…セレン君は幸せになるよ…だって辛いこと沢山頑張ったんだから……
 不安に潰されそうな独りの夜もあるけれど負けないで… 大丈夫…”


あぁ…全部覚えてる……


“セレン君は幸せになる……”





「あぁ…あぁ…あぁあああ――!!」
俺は目の前に迫るF-2目掛けて突撃していった。






都市攻防戦を担当する無数の陸上隊員は、地下から地上へと姿を現した。
敵航空隊と接触する航空隊の様子を遠くから見ていた。

「あ、先頭の敵機、撃ち落とされた」
「次々落とすなぁ。07編制って、そんなに数多く無いのに、よーやるわ」
「SP隊員が多いからな。決心が違うんだろう」
「じゃあ私達も…行きますか」

その場にいた隊員達は互いに頷き、最前線へと出撃する。
その数は把握しきれない数だ。一体、地下にどのくらいの陸上隊員がいたのだろう。
無線連絡も先程からひっきりなしだ。



「“こちらアサギ北区陸上後衛部隊!敵部隊、アサギ北区中心部に侵攻!
 現在、白兵戦状態に移行しつつあり!後援部隊は警戒されたし!”」

「“了解した。こちらアサギ都市攻防戦支援部隊、現在、
 兵を北区方面に情報部の許可が降り次第、随時派遣中――”」

「“こちら航空偵察部隊04編制!第3波の敵部隊壊滅に成功しました!
 第3波以降の敵陸上部隊は確認されず!しかし、敵航空隊の奇襲を受け兵の損害は重度!
 我々は、本拠地への帰投を要請する――”」

「“了解した。こちらジョウト航空管制、航空偵察部隊04編制――本拠地帰投を許可する。
 07編制――聞こえたら、応答せよ”」

「“はっ、こちら航空偵察部隊07編制。陸上部隊の更なる被害を防ぐため敵航空隊と全面接触中。
 現在、約4割を撃墜。被害は比較的軽度。
 しかし、第1波と第2波の中心部侵攻防衛は食い止められませんでした――”」

「“了解した。航空偵察部隊07編制――攻撃そのまま。敵航空隊殲滅後、都市攻防戦へ編入せよ。
 撤退の指示は別途必ず出す。健闘を祈る――”」




無線を聞いた07編制は更に、敵航空隊に対し奮闘する。
俺が意地でも先頭のF-2を落とした姿を見て、他の兵も俄然やる気を増したらしい。
敵航空隊は徐々にではあるが、07編制の手に堕ちていく。
時間はかなり掛かったが、最後には敵のエース機が数機残るだけの状態まで追い込んだ。

「あーくそっ!手強いやつらだ!」
「ただでさえ、ジェット機とかいうチート使う癖によ!ちょこまかちょこまかと!」
「何だよコイツらは!撃っても撃っても避けやがる!」

「それに何だ!?あのくるくる回る回転回避は!ゲームか何かか!?
 いやまぁ、ここゲームの世界らしいけどさァ!!」

「へっ!チートだらけでカオス極まりない無理ゲーだな!
 撃たれまくったら瀕死じゃなく本当に死ぬしな!リセットも効かねーよ、ちくしょうが!」

「オーバーキルじゃないですか――やだ――!!」
「全くだ!!」


緊迫してるのか愚痴を言い合ってるだけなのかは分からないが、
この数機だけは何故かなかなか撃ち落とせなかった。次第にジョウト航空管制から、
一部のエース隊員を除き07編制は都市攻防戦に加わるように指示が出る。
エース隊員はこの数機を何としてでも殲滅する。そのなかに父さんとハヤテ先輩も入っていた。
父さんと先輩は続けざまに俺に言った。


「この数機は私達に任せろ!セレンは都市攻防戦をサポートするんだ!
 セレンの望み通り、地上の奴等を助けろ!」

「はっはーセレン君に良いところ見せとかないとなァ!よっしゃ行けっ!」
「はいっ!御武運を!」



俺は飛行進路を変え、アサギ市街地中心部へと向かった。



「行きましょう、隊長」
「…そうだな」











アサギ市街地中心部では、既に北区から徐々に白兵戦が本格化していた。
地上では刻一刻と都市中心部へ敵が侵攻範囲を広げていた。

「来たッ…来たぞ――ッ!」
「撃てェ――――!!」
ダダダダダ!! ダダダダダダ!!

「奴等を建物に侵入させるな!」
「分かってます!分かってますが…!このままじゃ持久戦になりますっ!」
「承知の上だ!だからここには大部隊が集中しているんだ!」

「…はは…分かってますよ…持久戦になって、ここの大部隊も結局はいつかは
 消える運命なんですよね…ははっ…あははは!はははははは!
 それでも私達は戦うしか無いんですよねぇッ!!」

「あーそうさ!逃げてもしか無い!だから戦う!
 何と言われようが足掻く!
 命が尽きるまで最期の最後までな!!」

ダダダダダ!! ダダダダダダ!!
パパパパパパ!ヒュゥウッ…バガァンッ!!

「…っ…!…――ッ!」
「――ッ!!」

ヒュゥウッ…ヒュゥウッ……バンッ!!…バンッ…!!

「あぁ――!足があぁあ――!」

ヒュゥウッ…バガァンッ!!
ヒュンッ!ヒュンッ!ガラガラガラ…

「戦車接近――!」
「待避!待避ィ――ッ!」

ズバァアンッ!!!!

「「うわあぁ――――ッ!!」」

パパパパパパ!ヒュゥウッ…バガァンッ!!



次々と手榴弾が投げ込まれる。


パサッ

「逃げろォ!」
「!?」

バァンッ!!

ボトッ…

「…うっ!」
榴弾が炸裂した場所にはバラバラになった兵の肉片が飛び散っていた。
「あ……あぁ…そん…な……」


ダダダダダ!! ダダダダダダ!!
パパパパパパ!ヒュゥウッ…





数時間前まで閑散としていた都市は一気に戦場の舞台と化した。
上空から見たら、その戦闘の様子は手に取るように分か――――





“ダァン!スパパッ”





え?
あれ?体勢が制御…出来ない?
次第に高度が下がっていく。

「セレン…!」

前を飛んでいた兵が振り向き、声を発した。ふと自分の腹部を見ると血の滴が見えた。
確か真下から発砲音がした…同時に、身体に何かが貫いた。

そんな事を思ってる内に、どんどん高度が落ちていく。

「俺…やられたの……?」


震えるような声を出しながら落ちる。
加速した落下速度は変えられない。
ただ下に堕ちていく…
奈落の底に落ちるかのように。

「「セレ――――ンッッ!」」

声が遠くなっていく。
視界が暗転する。
下は固くて冷たいコンクリートアスファルトの地面だ…そのまま落ちたら即死だろう。
焼け石に水でも、なるべく入射角を浅くして、少しでも着地時の衝撃を低くしたいが…


…体勢が上手く制御出来ない…

















バシャーンッ!




あれ?水の音…?
そっか、俺…いつの間にか港まで飛んでたんだ…
視界が見えないのによく飛んでいたな…自分でも感心する。おかげで、即死は免れたみたいだ。

けれど、もう浮上する力は無い。
ただ空気の無い海中の闇に沈むだけ……



もう何も出来ない………




あぁ…もう…これで…終わりなのか…




案外あっけない最後だったな…









はは…実際そんなもんだ…――――










さようなら、みんな…



















闇の中で誰かの声がした。

「死んじゃ…っ!…ダメです…!」