Wafty’s diary

情熱は止まらない 私達は進み続ける

【第57話 悲愴の丘】 SPECIAL ATTACK APPLICANT

かつて、太平洋戦争の末期。沖縄地上戦において、シュガーローフの戦いと呼ばれる戦いがあった。 
シュガーローフという言葉は直訳すれば「砂糖の丘」になる。
これは当時の米国の菓子のイメージ=赤に因んだもので、当時の日本軍が米軍向けに
停戦を促そうとした放送で有名な『東京ローズ』はこんな事を言っていたという。


「シュガーローフ…あぁ何て素敵な言葉なんでしょう。
 そこにあるのはシュガーで彩られたストロベリー菓子、チョコレート菓子、キャンディなど…
 子供が喜びそうなものでいっぱい。赤いパッケージに包まれた甘いお菓子、
 子供は皆大好きでしょうね。その赤い色は何で彩られているのでしょう?それは、お父さんの血。
 お菓子をくれるお父さんはもういないのです…皆、シュガーローフになったのですから……」








ヒュウ――――…

……ファサ……バサ……


戦闘で直撃弾を喰らったのだろう、
飛び散った誰かの腕が木にぶら下がって風に吹かれて揺れている。

ジョウト本拠地まで、あと百数キロの地点にある名もない小高い丘…
ここは、ジョウト戦史上最も過酷と言われた戦いが繰り広げられた場所となった。
半日毎に、味方側の軍と敵の軍が頂上を越えて占領戦を数え切れないほど繰り返したという。
あまりの砲撃と攻撃の凄まじさで、丘の地形は原形を止めていなかった。
元あった綺麗な田園風景も、今では瓦礫と屍の山と化している。
辺りには既に強烈な腐敗臭が漂っていて、
そこにいると生きているのに自分すら屍になったように錯覚してしまう。
冷たい風が少しずつ吹き始めた10月の中旬の風は一層、腐敗臭の存在を明確にしていた。

この場所も戦闘後の一時期、シュガーローフと呼ばれるようになった。

先輩と俺は敵機が来ない時に情報部の指示が無い合間、
一度だけ惨劇の後のシュガーローフに降り立った。


「…酷いな」
「…えぇ」
「アサギ攻防戦の後もこんな感じだったんだろうな…」

「生き残って帰ってきた兵は誰もが口を揃えて
 “何で自分が生き残れたのか分からない”って言ってるそうですよ…」

「そっか…なぁセレン、遠くで起きる惨劇って何でこんなにも伝わらないものなんだろうな。」

「…無意識のうちに他人事として扱うからだと思います。
 安全が確立された場所から見れば、例え如何なる惨劇であっても、
 大半が他人事以外の何物では無いように感じてしまうのでしょう。

「……いつの時代も…変わらないな」
「……えぇ」



味方の屍の近くに転がっていたFlexの一つを先輩は手に取った。


「ここで戦った陸上隊員のFlexにはシュガーローフでの戦闘記録が残っている。
 情報部は既に詳細にデータを収集したらしいが、勿論そんなの俺達には公表されない。
 セレン、これを見る勇気はあるか…?」

「…俺は、もう慣れました。先輩がその気なら何処までも付いていきますよ」






先輩は顔を背けて呟いた。


「……セレン……一月前、アサギ上空でやられた時…何で俺を頼ろうとしなかった。」
「先輩…」

「あの時、確かに俺はエース機と対峙していたから直ぐには気付けなかったが、
 お前がやられた話を聞いた時は背筋が凍った…まるで俺の身体の一部が消えたような感覚だった。

「すみませんでした… でも、先輩…俺、一人で立ち直れるようになりたいんです…
 まだ弱いかもしれませんが、一歩一歩自立していきたいんです!いつか先輩を超えますから!」





「………強くなったな、エア君」

「…え?」

「最初に会った時、俺はセレンの事をエア君と呼んでいた。
 最後までパートナーのいなかった俺は、早くセレンと仲良くなりたい一心でそう呼んだ。
 同時に、俺は先輩としてセレンを強くさせなきゃいけないとずっと思ってだんだ。
 でも…もう、そう呼ぶ必要は無いな。セレンは俺に頼らずに自分の力だけで生きようとしてる…
 悩みながらも、確実に成長したんだな…はは…俺、全然気づかなかったよ

「先輩…」



先輩は背けていた顔を戻した。


「戦闘記録、見るぞ。」
「えぇ」




Flexの画面には戦闘直前のシュガーローフの様子が映し出されていた。





「えーと、10月7日…何曜日かは忘れた。
 今は目の前にある小高い丘での戦闘が迫ってる…みたいです。
 そういや名前無かったんだよな、この丘。なぁ!この丘何て言うの?」

映像からは陸上隊員の声が聞こえる。
「あー?知らんけど、司令部は何か“遠野台”って呼んでるらしいぞー」

「あざっす。えーと、今はその遠野台の上にいるわけですが…
 なーんかもう敵が遥か遠くの平野に見えちゃったりしているわけですよ」

「だから遠野台って呼ぶのかもな」

「なるほどね。というか、なんと言いますか…
 こう味方がズラーッと構えている姿はいつ見ても壮大だなぁと思いますよ。」

「あー、地下壕にいる奴も忘れんといてやってくれ」
「そうそう、地下壕も大事な役割をするんだった。いやー強固な陣地だこと」




先輩と俺は再生され始めた記録を見ながら話す。

「戦闘前の静けさがやけに怖いな」
「…というか、やたら喋りますね。この方…」
「戦争が始まる前は、おそらく記者か実況者か何かのポケモンだったんだろう」

更に再生を進める。



シュウ―シュウ―シュウ――ッ
ゴオォォ――…

「航空隊の皆さんが敵部隊の攻撃に向けて飛んでいきます」
「上手くいけばいいんだけど」
「あっ攻撃始まった」
「あれ、結構損害与えてる?」
「パット見、そう見えるねー」
「へぇー、やるぅ…」





パスンッ




「……ん?」
「何だあれ?」
「おい、司令部に連絡だ」
「ハッ!」
「敵機…ですよね?」
「あぁ、突然1機だけ現れたよな…」
「え?えっ…あれ?」
「ちょっと…何あれ」
「ヤバくね?」
「ヤバい…ヤバいヤバいヤバい!!」
「味方の機が次々墜ちていきます!」



「セレン。上空に映ってるアレ、何なのか分かるよな?」
「はい。エース機ですよね」
「ああ、あの俊敏な動きだ。間違いない。でも何で1機だけ突然現れたんだ…?」
「あ、エース機が消えました…」
「でも味方の航空隊は一機も残っていないようだ…皆やられたのか…」



「味方の航空隊が壊滅じゃないか…」
「地上の敵部隊は依然健在してます」
「どういう事だ…仕掛けるだけ無駄って事か?」
「司令部からは何か?」
「いや、そのまま待機のままだそうだ」
「分かりました…」


「先輩、早送りしましょうか?」
「そうだな」
「あ、始まりましたね。…うっ…」
「っ…うわ…」

シュガーローフの戦いは、いざ本格的な戦闘が始まると目も向けられないほど
初めから壮絶な戦いだった。

「でも…見なきゃいけない」
「あぁ…そうだ。見なきゃいけない」



ヒュウゥ…バァン!!
ダダダダダ!! スパパパッ!!  カカカンッ!!
ウォォ――!
「…っ!ちくしょう…またっ…!」
「来るぞっ!来るぞ――ッ!!」
「テェ――!」
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンッ!!
ダダダダダ!! スパパパッ!!
ザンザンザンザンッ!!
「っくそォ!このッ裏切者がァ!」
「いい加減にしろォ!!!」
「あ"あ"あ"あ"―――!!!」
ヒュゥウッ…バガァンッ!!

「何が人道主義だよ…何が平和主義だよ………嘘…嘘…嘘……
 全部嘘!嘘しかないな!あぁお前らはいつだって嘘しか言わない!
 そうだよな!そうやって生き残ってきたんだもんなァ!
 落とす奴は徹底的に二度と立ち直れないくらいに
 落とす癖に何が平等だよ!
  救いの手も出そうともしない癖に何が生存権だよ!
  …これだから嫌いなんだ……人間は!!




ダダダダダ!! ダダダダダダ!!
パパパパパパ!ヒュゥウッ…バガァンッ!!


「…っ…!…――ッ!」
「――ッ!!」

ヒュゥウッ…ヒュゥウッ……バンッ!!…バンッ…!!

「くっ!はぁっ…はぁっ!」

ヒュンッ!ヒュンッ!ガラガラガラ…
「!?」
ズバァアンッ!!!!




パパパパパパ!ヒュゥウッ…バガァンッ!!






敵も味方も総崩れとなるような、悲惨な終わり方を遂げた戦いも中にはあった。
戦いは都市白兵戦のような近接戦が大半を占めた。
最も悲惨なのは地下防空壕だ…火炎放射機で壕ごと焼き払われる光景が一瞬だけ映った。
壕には沢山の味方がいた筈だ…映像は本当に一瞬だった。
おそらくFlexをしていた彼は、その惨劇に目を向けられなかったのだろう。
…この世界は、やがてこの丘を『シュガーローフ』とは呼ばなくなった。

哀悼の意味を込め、代わりに呼ばれ出したのは…悲愁の丘』




彼の映像は『悲愁の丘』の戦いが事実上、終わったとされる10月24日の数日前で終わっていた。

「……彼、辛かったろうな…救いも何も無い…絶望しかない状況で、よくここまで耐えたよ…」
「……先輩、そろそろ離れましょう。ここはもう敵の占領地…ここも危険ですよ」
「ふん…もう気付かれてるよ。下から敵兵がわらわら来てやがる」
「!! 逃げますよ!先輩!」
「ああ!いくぞセレン!!」


バサッ!

敵兵の弾には当たらない。
あっという間に、敵兵は遥か下だ。
俺達には、翼がある。










俺達は、まだ終われない。

この悲愁の丘で散っていった数え切れない命のためにも、
俺達は最後の切り札にならなければならない。





シナリオは最終段階に入った。
俺達は、全てを失っていく。
そして、結末へと向かっていく。





言葉が出ない様な話ばかりだろう。
何も言えないなら黙り続ければいい。
無視したければ無視すればいい。
信じたくなければ信じなければいい。

だけど、これがこの戦争で起きた“事実”だ。





誰かが言っていた。
“いずれ死ぬ運命ならば、それは人間だって同じ事だろう。”
伝わる人には伝わる。伝わらない人には伝わらない。





絶望しかないこの戦争の中で、俺は多くの命の輝きを目の前で見てきた。

孤独であっても
悩みながらであっても
何度も挫折しながらも
それでも俺は、強さを得た。
来るべき日が近づいている。
向こうの世界で、ずっと待ってくれている人がいる。
楓さん、洋右さん、そして…未だ姿が分からない夢に出てくる謎の白い彼女。
俺達は世界を越えて繋がっている。

だから、もう行く。
犠牲となった、全ての想いのために。

一瞬の希望に全てを懸けた時、未来は0か1の結末しか用意しないだろう。

それでも、行くんだ。
止まっていたら何も始まらない。





世間の目が何だ。
世間の評価が何だ。
他人の権力が何だ。
他人の勢力が何だ。

気にするな。そんなの、ただの雑音だ。
好きなだけ言わせておけばいい。

最後は自分を信じる、それでいい。
それがやがて、自分にとっての本当の音になっていくんだから。


















本当の音は、きっと、未来の福音になるだろう。