Wafty’s diary

情熱は止まらない 私達は進み続ける

【第58話 閃光弾】 SPECIAL ATTACK APPLICANT

悲愁の丘』が陥落し、ジョウトの敵の侵攻は本拠地まであと数百キロと迫っていた。
追い込まれていく自分達は、ただ毎日じわじわと敵の占領地が拡がるスピードを抑えるだけの
消耗戦が続いていた。敵は…戦えば戦う分だけ、倍の手を打ってきた。

こちらが予想もしないような手を平然と編み出し、もはやチートは当たり前の戦闘…
卑怯なんて言葉はただの嘆きに過ぎなかった。
陸も、海も、空も味方の戦力は当初の半数以下となった。

10月が終わろうとしていた。



シュ―――…パッ

夜空に輝くのは敵の閃光弾だ。
悲愁の丘が陥落してから、敵は夜間時間帯に閃光弾を発射する頻度を増やしていった。
閃光弾は思いの外、地上に動くものを明るく照らすため、簡単には夜戦を仕掛ける事は出来ない。
もっとも、敵の警戒網を潜り抜けること自体が困難になりつつある今の現状で
小規模な戦いを仕掛けるのは、結果としてただ犠牲を増やすだけだった。



シュ―――…パッ


「そう…あの子達はもういないのね」
「はい…」

ある日の夜。最前線から少し離れた海岸で、アルフィーネさんは海上警戒中だったエイルと
話をする機会があったという。彼女達は一度『S-TF作戦』で面識があるため『S-TF作戦』以降、
たまに連絡を取り合う仲だったという。
遠くに光る閃光弾を見ながら、彼女達はこれまで起きた全てを語り合った。

「綺麗ですね…」
「これが花火ならいいのにね…」

高く打ち上げられた閃光弾は、遠くから見ると花火の様だった。
もしも、これが本当の花火なら、どんなに平和だろう。
遠くまで明るく闇夜を照らす平和を象徴する光が、今は絶望を象徴する光になっている…皮肉なものだ。

「うーっ、さむ…」
「もう10月末ですもんね…」
「あの子達に、もう一度逢ってみたかったな…」
「私だけ生き残っちゃいました…てへへ…ホント私ったら、ついてないんでしょうね…」
「…どうして?」

「ネオ君に言われたんですよ。“この先、戦争が進んで敵が私達を追い詰めた時、
 最後に何が起こるのか考えた事があるか?”って。そんなの…想像もしたくないです。
 彼もそれ以上は何も言いませんでした。でも、何も言わずとも痛いほど意味は伝わりました。
 “生き残っても、その先に待ち受けるのは死よりも悲惨な終わり方だろう…だったら今、
 戦争で死ぬ事ですら運が良いように感じる。生き残って、死よりも更に悲惨な終わり方をする方が
 余程、運が悪いだろう。”…私達には、この戦争が始まった時点で最初から
 ハッピーエンドなんて用意されてないのかもしれません。」

「…未来予知が出来る私でもその意見は否定しないわ。ハッキリ言うけど今のところ、
 このまま進めば、この戦争は私達の負けで終わる事になっているわ。
 私はこの予知を“終末ルート”と呼んでいる。このルートが終わる時…この世界は… …」

「……言って…言って下さい、アルフィーネさん!この戦争が終わる時、この世界は…!
 この世界はどんな終わり方をするんですか!


アルフィーネさんは涙声になりながら、エイルに言った。
「この…世界は… …っ…」




暫しの間、沈黙が訪れる。



シュ―――…






パッ

閃光弾が破裂する音と同時に、アルフィーネさんは口を開いた。

いや…嫌…やっぱり駄目。エイルちゃん私、言えない…分かっていても言えない。
 こんなの言いたくない…知らなくていい。こんなの知っちゃいけない。
 こんな結末なら知らない方が良いに決まってる…ごめんね…でも、これだけは言える。
 終わる時は“一瞬”よ…

「………」

「だけどね、これはあくまでもこの世界での予知に過ぎない。予知が変わる可能性はあるわ。」
「そんな可能性、どこにあるって言うんですか…」



シュ―――…
「もし、セレン君って言ったら?」
パッ

「はは… え!?」
「信じられないでしょうね。私だって未だこの予知が信じられないくらいだもの」
「いやいや!待ってください!」
「うん、待ってる」
「どういう事ですか?セレンがこの世界の鍵を握ってるって事なんですか…?」
「えぇ。正確には“新ルート”の鍵を握ってるわ」
「“新ルート?”」

「9月末頃になって、さっき言った終末ルートとは違う新ルートを予知で突然見るようになったの。
 以前には無かった現象よ…しかも、その新ルートには終末ルートには見える
 “終わり”が見えないの…そして予知で新ルートの鍵を握っていたのはセレン君だった。」

「鍵ってのは具体的には何ですか?」

「言いたくないけど…特攻よ」

「!!?」

「SP隊の最後の切り札になるの」
「セレンが…そんな…」
「彼はこの戦争の結果を変えるわ」
「そんな…あり得ない…」
「エイルちゃん」
「はひ?」


シュ―――…パッ




「彼は、やるわよ。」
「…!」




エイルはアルフィーネさんの眼力とオーラの強さに圧倒される。
再び暫しの間、沈黙が訪れる。





シュ―――…パッ



「…エイルちゃんは、セレン君の事どう思ってるの?」

「私にとってセレンは、同じパーティにいた大切な仲間で、大切な友達です…
 彼この間、敵弾に撃たれたみたいで海に落ちたんです。そのとき私は偶然、彼を発見したんです。
 発見した時は何が何でも助けようと心から思いました。必死になって彼を助けて…
 救護所で眠る彼を見て改めてセレンである事に気付きました。
 その後、目覚めた彼は私に全てを語ったんです…彼は以前とは何処か違う雰囲気を
 漂わせていました。まるで…何かをこれから起こそうとしているような…
 そんな雰囲気を出していました。私は彼に言ったんです。“絶対に死なないで”と。
 …彼は少し間を空けた後、困ったような顔で笑ってこう言った…
 “待ってる命が居るんだ、いかなきゃいけない。俺…どうなっちゃうのかな。”って…
 …彼、一言も私の前では“死”という言葉を使わなかったんです。」


「…そう、そんな事があったの。セレン君は、きっとエイルちゃんを悲しませたくなかったのね…
 自らがそんな危険な立場である事を差し置いてまで。私も以前、彼に似たような事を言ったの。
 “死んだら私、許さないんだから…”って。彼は私の腕に抱かれながら、
 黙ったままゆっくり頷いてくれた…その時の彼は、まだ自らが果たす使命の規模を
 把握しきれていなかったのでしょうね。でも私は、その翼に触れた時…無性に…彼を頼もしく感じた。
 年下の男の子をこんなにも頼もしく感じたのは彼が初めてだった…今ならハッキリ言えるわ。
 “彼は、この世界の伝説になるんだ”ってね。」

「もう…後戻りできないんですね。」

「えぇ…彼は誰よりも悩んで、誰よりも命の尊さを知って、誰よりも絶望に耐えながら、
 誰よりも強い心を手に入れた。そして進むべき道を見つけたの。彼は…本気よ。」

「そっか…セレンは…凄いなぁ」






シュ―――…パッ




「…アルフィーネさん。私ずっと前から気になっていた事があるんです…聞いていいですか?」
「ん?」
アルフィーネさんは何で、ホウエンからここに来たんですか…?」

「…聞きたい?」
「……」コクッ

「…エイルちゃんなら話してもいいかな…信じてくれるかな…きっと」
「私は貴方のように強くなりたいんです…貴方の全てを私は知りたい!覚悟は出来ています。」
「ありがとう…じゃあ話すわね…」 




シュ―――…パッ






遠い夏の話。
まだ戦争の気配すら無くこの世界が平和で、私がまだ幼かった頃の話。

私はホウエンにいた。

「おねえちゃん、誰?」


『こんにちは。ふふ…違うわ、あなたがお姉ちゃんよ』


「わたしがおねえちゃん?」

私はあるとき、誰かに声を掛けられた。
人間だった事だけは覚えている。その人は、私にこう言ったの。

『そう、あなたは私のお姉さん。』

私は最初、その人が何を言っているのか分からなかった。私に妹なんて居なかったからだ。
でも、初対面のその人は私を突然“姉”と呼んできたの。その人は話を続けた。

『可愛い…まだこんなに幼い頃のお姉ちゃんに会えるなんて夢みたい。
 でも、お姉ちゃんはまだ分からないんだ。この先、待ち受ける運命も…何も知らない。
 だから、私…先にお姉ちゃんに言うね。“逢えてよかった”って……』

「ふぇ?」

『あはは、まだ分からないか…そうよね、こんなに幼いんだもの。分かった方が凄いよ。
 そもそも、こうして話せる事が奇跡みたいなもんだから…話せるだけで良かった。
 ありがとう…お姉ちゃん。私…話せて嬉しかったよ。もう時間が無くなってきた…
 それじゃあね、バイバイ。』

「あ…バイバイ…おねえちゃん」

その人はそのまま遠くへと駆けていった。私は、ただ茫然とするしかなかった。
現に今でもあれが何だったのか分からない。この出会いは私の記憶の中に強く刻まれたわ。
でも、私は成長するにつれて、こう思うようになった。

“その人と私は出会う事自体が不味い事だったんじゃないか”って。

直感的に思うようになったの。その人自体はとっても良い人だと思うけど、
問題はそのバックに潜む謎に包まれた闇だった。私は嫌な予感がした。
“誰にも見られてなかった筈だよね…”
ずっと心の中に、この不安を隠し続けていた。次第に嫌な予感は、少しずつ現実になっていくの。

あるとき…街でこんな噂を聞いたの。


「数年前、このホウエンで全身白色に包まれた不審な少女の目撃例が多数あったそうだ。
 当時はあまり取り上げられなかったのに、最近になって警察がやたら捜査を再開しだしたんだとさ。
 少女に声を掛けられたポケモンを今は探しているらしい。」


私はその噂を聞いて身震いした。
私は恐ろしくなって、そのうち早くここから逃げ出したい衝動に駆られるようになったの。
その後、独り立ちした私は直ぐに捜査の手が及んでいなかったジョウトに身を移したの…
私は何も一切悪い事はしていない筈なのに…とても恐ろしかった。
まるで捕まって罪に問われるんじゃないかって。

今思えば、私を姉と呼んだあの人は全身が白い色で包まれていた気がするの。

だから私は余計怖かった。

その後、捜査は証拠不十分で打ち切られたらしいけど、
私はなかなかホウエンに戻るつもりは無かった。
周りにはジョウトにいる理由は親の仕事の都合だと言って、誤魔化し続けたの…
無理いって独り立ちさせてもらったのにね…。

私はジョウトに移ってから、その怖さを打ち払うように自分の力を強くしていった。
エスパーで誰よりも強くなろうとした。女の子であっても強く生きられるんだって事を証明したかった。
“過去の臆病な自分を忘れて、笑顔で明るい女の子を演じていけば、きっと幸せになれるんだ”って。
いつか、あの人に言われたような強い“お姉ちゃん”になるんだ!って。
心の底からそう思うようになったの。 



そして、戦争が始まった。
















シュ―――…パッ



「…ねえ、エイルちゃん。私、皆に頼られる“お姉ちゃん”になれてるかな…」
「えぇ、なれてますよ。皆が憧れる“お姉ちゃん”に……」

「よかった。今なら、あの人にも安心して顔を合わせて言えるわね…“私、お姉ちゃんになれたよ”って。」

「私、思うんです。アルフィーネさんをお姉ちゃんと呼んだその人はきっと…
 今も何処かで生きていて、その…人間かもしれないけど…
 本当にアルフィーネさんの妹なんじゃないのかって……」





「えぇ、私もそう願ってるわ…」



シュ―――…






“あの人はきっと未来から来た、人間の姿をした私の妹なんじゃないか”ってね。






パッ








「ありがとう、エイルちゃん。色々話せてよかった。私、嬉しかったよ。」

「いえいえこちらこそ、ありがとうございました。アルフィーネさんの強さの秘密を知れて、
 私も強くならなきゃって思いました。やっぱり、未来は…完全に分かっちゃ面白くないですよね。」

「えぇ…ぐすっ…そうね、面白くないわよね…!…きっと、セレン君は変えてくれる。
 新ルートに終わりは無いもの!」

「はい!切り開かれた新ルート、最後はみんなの手で確立しましょう!」
「えぇ!まだまだ終わらせないんだから!セレン君の強さを決して、無駄にしたりしないんだから!」
「はい!!」












シュ―――…パッ

この日、最後の閃光弾が散っていった。