Wafty’s diary

情熱は止まらない 私達は進み続ける

【第59話 大 反 撃】 SPECIAL ATTACK APPLICANT

「本当に上手くいくんだろうな…」
「これで駄目だったらいよいよオシマイだな」

作戦が行われる直前の夜、点々と掘られた各地の地下防空壕には、
そんな会話をする陸上隊員の姿がいくつも見られた。


11月1日。ある大規模な作戦が行われようとしていた。
作戦決行時刻は午前0時丁度。目標は敵の侵攻部隊の可能な限りの壊滅。
作戦概要は次のようなものだった。

午前0時丁度に、可能な限り招集した陸・海・空の隊員が、敵の侵攻部隊がいる占領地に向けて
遠距離砲撃を一斉に行う。砲撃は最低でも1時間は継続させ、
敵の侵攻部隊に大損害を与える事を目的とする――――

作戦は大規模なため、隊員配置や敵部隊の規模を予め把握する等
かなりの準備と作戦計画が必要だった。そして、敵の侵攻を少しでも遅くさせると共に
上層部が言う“来るべき日”までの時間を少しでも稼ぐ目的もあった。
全地方の上層部と情報部が共同で進めているという、カントーのある特殊なN-Spotの解析…
この解析に要する時間を少しでも稼ぐ事が、今、自分達が出来る最善の策という方針が、
ついに上層部の間で決定したのだ。反対票は無し。全会一致で方針は可決した。
その時間稼ぎのために計画された作戦の一つが、この「大反撃」作戦だった。
逆に言えば、これを失敗することは許されないという事だった。












一方、人間世界では洋祐さんが仕事の合間を縫って、ある疑問を解明しようと行動していたという。
話は洋祐さんが人間世界に帰った数日後に遡る――…


8月の終わり。
この世界に帰ってから数日が経った。しかし、仕事場の様子はパット見たところ以前と変わらない。
転送される前と同じ雰囲気が漂ってる…本当に数ヶ月も経ったんだろうかと疑いたいくらいだ。
しかし、季節の移り変わりによる気温の変化とカレンダーが、日数の経過を確実に証明している。
俺はあちらの世界で生存不能となる直前、敵捕虜に
「人間世界での記憶は本当に何も無い。でも何故かこの名前だけは覚えている」と言われた。
俺はその時に敵捕虜が言った名前が、ずっと気になっていた。

“確か…杉原直哉と鷲宮楓…だったか……”

楓と共に出てきた名前「杉原直哉」…おそらく名前から判断して男性だろう。
あくまでも推測だが、楓と共に名前が出てきたという事は、
おそらく彼もこの戦争に何かしらの形で関わっている可能性が高いという事だ。
でも、楓本人は「杉原直哉」については一寸たりとも語っていなかった。彼は一体何者なんだろうか。
そもそも何故、敵兵はこの二人の名前だけを記憶していたんだろう。


……楓に聞けば何か分かるかもしれないな。
転送される前に一通だけ送られたPCメール、これが彼女と連絡するための唯一の手掛かりだ…
彼女は、今でも俺の事を覚えてくれているんだろうか。
もし、あちらの世界で彼女が生存不能となっていたら人間世界で俺と会った記憶は消え、
完全に赤の他人の関係になっている筈だ。
俺はあちらの世界に“意思”が転送される前に会ったから記憶は今もあるが、
彼女には残らないだろう…会った時、彼女はもう転送済だったからな。

仮にそうなら白紙からやり直しだ。彼女を納得させるまで、今まであった事を一から語り、
再び彼女を行動させなければ…この戦争は全て無かった事になるだろう。
それだけは、何としてでも食い止めなければならない。




俺は一先ず、転送される前に一通だけ送られたPCメールのアドレスにメールを送り、
楓と連絡を取ろうとした。

「頼む…どうか伝わっていてくれ」

しかし、数日が経っても返信は無かった。再度送信を試みるも返信は無い。
メルアドでも変えたんだろうか。いや、メールセンターから送信不能の通知が無いから
送れてはいる筈だ。しばらく様子を見ることにした。

すると1週間以上経過したある日、俺が送ったメールに返信があった。
そこには一言だけこう書かれてあった。




『おかえりなさい』





彼女の記憶は、まだ残っていた!
でも、この一言を見てホッとする自分が嫌だった。別れ際に見た楓の後ろ姿がふと脳裏に浮かぶ。
俺はいても立ってもいられず、直ぐに楓の携帯番号をメールで聞き出す。
幸い、楓はすぐに答えてくれた。電話での連絡に成功する。



「洋祐…さん?」
「あぁ、久しぶりだな。楓」
「……助けて…」
「え?」
「怖い…たす…けて…」
「どうしたんだ急に」
「怖い、怖いよ…洋祐さん…」
「楓、落ち着け!何があったんだ、話してみろ」
彼女の声は震えていた。
「全てが怖い…周りのもの全てが」

「俺も…怖いか?」
「ううん、洋祐さんは優しい…怖くない…」
「もし俺が17歳だったら?」
「彼氏確定です」
「いきなり冗談半分で言ったけど…言われると何か嬉しいな」
「へへ…」

「楓はこういう唐突な冗談にもすぐ乗ってくれる優しい女の子なのに
 何で周りは分かってくれないんだろうな…話してごらん」

「うん…」
楓はゆっくりと本音を語りだした。



「戦争とは関係ない普段の生活の話なんだけど…ちょっとしたミスをしたの。
 ミスに気付いた時は、もう遅かった…そりゃそうよね…“出来て当たり前”出来なかったんだから。
 周りから凄まじい非難を浴びた…更には私という存在を集団が全力で消そうとしている。
 でも……誰一人同情しようとも、慰めようとも、相談に乗ろうとすらしない。
 なにこれ…少しミスしただけなのに、何で全てを否定されなきゃいけないの……
 私はもう…周りの全てが怖い…っ………私、どうすればいいの……洋祐さん……」


「…楓、よく話してくれた。お前の気持ちはよーく分かってる…
 他のどんな奴よりも俺には手に取るように分かるよ。安心しろ…俺は楓の味方だ。」

「…っ…ありがとう…洋祐さん…」

「酷いな。上っ面だけの集団は本当に達が悪い、自分の都合で直ぐに180度態度が変わる。
 批判だけして代替案を提示しない、そんな集団に限って人を陥れるために人脈を使いやがる。
 人の弱味を見付ければ徹底的に漬け込み、自分の弱味は煽りで誤魔化す。哀しい人間だ。
 そういう人間についていかなきゃ生きられない世の中なのが、あまりにも哀しすぎる。
 楓みたいな本当の優しさをもった人間は消されていき…
 逆に仮面を被った人間性もない人間が生き残るんだから。」


「私は言えるなら当人の前で言ってやりたいです…」
“なんでお前は人の嫌がる事は一生懸命するかな”



「…全くだ。」





楓との話は暫く続いた。
確かに話すだけでは解決しない、それでも話せる相手がまだいるだけマシだ。
俺も楓も、今までずっとこんな人を待っていたのだから。

暫くして楓は落ち着き、元の会話も出来るようになったところで
俺は彼女に「杉原直哉」について聞いた。

「杉原直哉…」
「聞き覚えあるか?」
「ちょっと待って下さいね、うーん…何処かで聞いたような、聞かなかったような……」
「…分からないか。無理もないな」
「うーん……」
「また分かったら連絡してくれ」
「はい…分かりました」
「それじゃまた――…


電話を切ろうとした瞬間、彼女が呟いた。

「あ、思い出した…」
「杉原直哉か?」

「はい…あの、洋祐さんって新聞とかテレビはあまり見ない人ですか…?」

「あんまり見ないな。え?そんなに有名な人?」
「違います…一般の中学生です」
「じゃあ一時期、メディアに取り上げられた時があったって事だね?」



「はい…でも、彼は――…




















「ナオヤ…今、どうしてるんだろう」

ふとナオヤの姿が思い浮かんだ。
人間世界のナオヤは一体どんな人間なんだろう…おそらくこの戦争の事は何も知らないんだろうか。
それなら、それでいい…罪なき人間まで巻き込む必要なんて何処にも無いんだから。
ナオヤ…俺を見つけてくれて、ありがとう。例えゲームの中のキャラであっても俺は嬉しかった。
どうか人間世界で、何も知らないまま平和に生き続けてくれ…それだけでいい。
もしこの戦争を知ったなら…二度とこんな過ちを繰り返さないように、洋祐さんや楓さんと共に、
世の中に語り続けてくれ…



『攻撃開始』
11月1日の午前0時。
静寂に包まれていた夜空は一気に味方が放つ弾幕の嵐に染まる
あまりの凄まじさに勝利を錯覚するほどだった。
弾幕は敵の占領地である闇の中に向かって落下していった。
この総攻撃は結果として、成功をおさめた。
味方側の損失はゼロ、敵側の損失は不明だが、大損害を与えたのは確実だ。

現に敵の侵攻は3週間ほど停滞し、中には占領地奪還に成功する部隊も現れた。
時間稼ぎにしては十分過ぎるくらいの成果だった。


『何としてでも、年末まで持ちこたえらせる』
いつしか、この世界でシナリオの存在を知る者は、それが共通の認識として定着していった。
カントーで進められているという特殊なN-spotの解析は、このまま行けば年末までに完了するという。
すなわち年末までシナリオが続けば…“新ルート”『可能性』から確立』へと大きく変わる。




終わらせない。
終わらせたりするものか。

忘れるな。
先に咲く花は早く散っていく。後に咲く花は、なかなか散らない。

転んだ人を笑うな。
彼は歩き出そうとしたから転んだ。
それを笑うな。
彼は生きたかったから歩こうとした。
それを笑うな。

「生きたい…」

そんな本能的な願いですら、もうこの世界では許されないのか?

ふざけるな。



“命を、嘗めるな。”







3週間後の11月23日―――…
敵は再び侵攻を始める。




シナリオは、最終章の中核に入った。