Wafty’s diary

情熱は止まらない 私達は進み続ける

【第63話 黒の旗】 SPECIAL ATTACK APPLICANT

かつて俺のトレーナーをしていた「ナオヤ」という少年―――――
彼はこの戦争が始まる前に他の人間と同様、忽然とこのポケモン界から姿を消した。

“人間界で「杉原直哉」という少年がこの「ナオヤ」のゲームプレイヤーだった”

その事を知ったのは、この戦争のシナリオが終わる直前…12月23日の事だった。
ここがゲームの世界であることは、開戦後にポケモン達の共通認識としてすっかり定着したため、
この事を知っても俺は最初、驚きはしなかった。

「へぇ、人間界でもナオヤって言うんだ。何だか随分身近に感じるなぁ」

その程度の軽い気持ちで受け流そうとした。
けれど、すぐにそれは軽い気持ちで受け流せなくなった。

…俺はある一つの真実を知った。








俺がこの真実を知るまでの経緯は後に詳細に記す事にする。
けれど、その前に話さなければならない。人間界でのもう一つの物語を。

洋佑さんと楓さんの、続きの物語――――――――







話は再び、洋祐さんが人間世界に帰った数日後に遡る。

8月の終わり。



「あ、思い出した…」
「杉原直哉か?」

「はい…あの、洋祐さんって新聞とかテレビはあまり見ない人ですか…?」

「あんまり見ないな。え?そんなに有名な人?」
「違います…一般の中学生です」
「じゃあ一時期、メディアに取り上げられた時があっ たって事だね?」


「はい…でも、彼は――…







ドクンッ

“え…?”


ドクンッ







…―――もう居ないんです」

「居ない…?」

「一時期、謎のホラー事件として流行りましたよ。“阪西線脱線衝突事故”
「阪西線って確か関西にある鉄道路線だよな?脱線衝突事故…?」

「はい、1ヶ月前に瀬之町駅付近で起きた大きな事故です。日本中に衝撃を与えました。洋祐さんは
当時この世界に居なかったので事故当時の事は知らないと思います。ですが今でも連日、事故調査に関する報道が出ていますので、もしかしたら知っているかと思いましたが…」

「まさかその事故で杉原直哉が…」 
「亡くなった…とされています」 


「…されている?」

「遺留品は見つかったにも関わらず、彼だけ死体が見つからなかったそうなんです」
「ちょっと待て、何だよそれ」
「ネットで調べたら如何でしょう?」
「今、PCで調べてる」



阪西線脱線衝突事故

2039年7月15日午前9時07分
関西急行電鉄 阪西線 瀬之町駅付近

【概容】
大阪方面に向かっていた快速列車(8B72)は午前9時06分に定刻通り瀬之町駅を通過しようとしていた。
当時、快速列車のスピードは時速80kmで瀬之町駅は1面2線の地下ホームであった。
しかし、快速列車がホームに入る直前、対向列車が走る線路へ分岐するポイントを通過する際、
本来ならば本線方向に進む筈が突如、列車は対向列車が走る線路へと進路を変える。
スピード超過状態で進路が変わったため、快速列車は7両のうち前の3両目までが脱線。
車体を損傷しながらそのまま対向列車が走る線路を塞ぐ形で、ホーム手前で静止した。

一方、この時、対向から神戸方面に向かっていた特急列車(8A09)がまさに瀬之町駅を時速120kmで
通過している最中であった。特急列車の運転士は異常に気付き瀬之町駅通過中に非常ブレーキを
かけたが間に合わず、特急列車は脱線した快速列車の1両目前方を横から押し潰す形で衝突。
その反動で快速列車は4両目まで更に脱線し、2両目と3両目が中破。
1両目は中央部がくの字に曲がった形で原形を失うほど大破した。
また、特急列車も1両目の前面部分が大破した。

快速列車、特急列車の運転士を含め死者は110名(2039年8月15日時点)に達する大惨事となった。

死者:110名
負傷者:583名
行方不明者:1名



【事故検証】
当時、瀬之町駅ホームにいた多くの人がホーム手前のポイントで急に進路を変える快速列車を
目撃していることから、快速列車が通過したポイントが進行方向ではなく、対向列車が走る線路へ
通ずる方向になっていた事が脱線事故の要因とされている。

しかし、当時の瀬之町駅付近のポイント操作を担当していた瀬之町駅信号所によると当時、
快速列車が通過したポイントの信号は本線方向を示していた記録が残っており、事故後の検証でも
信号所の操作とポイントの動作は一致し、ポイント付近にある信号も正常である事が確認されている。
その為、快速列車の運転士がポイント付近にある信号を見落とした可能性は低いとされている。
したがって何故、当時ポイントが進行方向とは異なる方向になっていた原因は1ヶ月経った今でも
不透明で、事故調査委員会は現在も真相究明に向け調査を進めている。
快速列車が脱線してから特急列車が衝突するまでは僅か数秒しかなく、
衝突が避けられなかった状況下であったのが被害を大きく拡大させた。

この事故により、関西急行電鉄では
阪西線の長田~北坂間で運転を見合わせている2039年8月15日時点)。

また、脱線衝突し大破した快速列車の1両目に乗っていたと思われる中学生1名が現在も
行方不明のままとなっており、車内からは彼の遺留品のみが見つかる不可解な現象が起きている。
警察は行方不明者である中学生1名の発見に繋がる手掛かりが無いか情報提供を求めると共に、
現場検証を連日続けている。




「こんな事があったなんて…」 
「衝撃的な事故でしたよ…」
「事故原因が今も分かってないのも気になるが、それより…」


「はい…行方不明の"中学生1名"です。名前は杉原直哉、公立中学に通うごく普通の中学生だった
そうです。事故直後は、行方不明者としてメディアに大きく取り上げられましたが最近は報道されなく
なりましたね。プライバシー問題でメディア規制の動きがあったんだと思います。警察は操作範囲を
広げていますが、未だ有力な手掛かりは無いそうです」


「…おかしい、としか言えないな」 


「そうなんです。事故現場には彼の遺体も無ければ血痕すら無かったそうで…
 本当に"消えた"としか言いようが無いんです」



「……」
「……」

洋祐と楓はそのまま暫く黙り込んだ。杉原直哉… 一体、彼の身に何があったのだろうか。
彼の名前を向こう側の世界で聞いた洋祐にとって、尚更この事実は衝撃だった。






「…ある報道の中で、彼の遺族に対して取材する場面がありました。家に訪問して遺品などが映されているシーンがあったんですよ。一瞬だけでしたけどね…歴代のポケモンゲームが映っていた…


「…!」

「とは言っても、彼にはこれだけしか私達と繋がる要素はありません。不可解な状況で行方不明に
なっているとは言え、私達が知るこの戦争と彼は無関係だろうと思っていました。ゲームをしている
プレイヤーなら沢山いますからね。きっと“彼もゲームを楽しんでいた少年だったのかな”って、
ずっとそんな風に思っていました。でも、洋祐さんが彼の名前を向こう側の世界で聞いたというのなら話は別です…彼はただの少年じゃない…



「楓…お前、本当に何も彼のことを知らないのか?」

「え?」




「俺が向こうの世界で捕虜扱いとなった敵兵に…
 “何か知っていることは無いか”って聞いた話はさっきしたよな?」

「はい、しましたね」

「敵兵と言っても奴らは元々あちら側の世界の住人らしくてね。こっちの世界の人間に
洗脳されている間は殆ど記憶が残らないらしい。捕虜となった兵も同様だった。幾ら問い詰めても、
締め上げても何も言えない様子を見る限り本当に何も知らなさそうだった。
でも最後の最後で、彼は一つだけこっち側の世界に関する記憶を思い出した…」

「それが“杉原直哉”という名前だった、という話でしたね」




「違う…正確には“お前と杉原直哉”の名前だった」


「私の名前も言っていたんですか…?」

「当時は自然すぎて“杉原直哉”の方が鮮明に記憶に残っていたが、確かにハッキリと言っていた。
 楓…気を付けろ。お前、狙われているかもしれんぞ…」

「おー怖い、怖い。私も随分嘗められたものですね」

「あり得ないと思うが突然、刺客に襲われる可能性もあるかもしれん。出来れば俺が傍にいて目を
 離さないのが一番だがそういうわけにもいかない。東京と大阪じゃ距離がありすぎるし、互いの
 私生活にも影響が出るからな」 

「お気持ちだけで十分ですよ。大丈夫です、向こう側の世界にいる本当の私のためにも、
 今のこの身体は何としてでも自身で死守しますから」

「そっか…万が一、命に危機が迫ったら迷わず俺の住んでいるアパートに逃げ込んでいいからな。
 俺と接触した記憶が残っていればの話だが…」

「ありがとうございます。年末まで切り抜ければそれでいいのです」 

「…シナリオの終わりか」

今年の12月下旬、おそらく日本で何か大きな事件が起きるはずです。
 それは少年1名が行方不明になったくらいの小さな騒ぎじゃない…とんでもない事件になるでしょう。
 ただ、それが具体的に何かは分からない。向こう側の世界の彼らが起こすことですから見当も
 つきません。でも、彼らも既に気付き始めたと思います。
 “人類すべてが敵ではない”ということに…彼ら にはこれ以上、誰かを恨んでほしくない…」

「そうだな…」

「とにかく、杉原直哉という少年が奇妙な行方不明を遂げた事実を私達は見過ごすわけには
 いきません。彼は少なからず、この戦争との関連性があると考えるべきです」

「そう考えた方がいいみたいだな。俺の方でも時間の合間を縫って彼のことを調べてみることにする。
 何か分かったら、また互いに連絡しよう」

「そうですね。じゃあ、今回はここで電話を切りますね。何か大きな動きがありましたら再び互いに
 連絡しあうということで。このまま特にこれといった動きが無くても12月中旬あたりに必ずまた
 連絡し合いましょう」

「分かった、約束だ。12月中旬頃に連絡した時にも、お前が俺との記憶を無くして無い事を切に
 祈っているよ」


「えぇ、私もそう願っています。それでは洋佑さん、お元気で」

「ん、それじゃ。元気で」


ガチャッ


ツー…ツー…ツー…







それから12月中旬まで、楓からの連絡は無かった。



警察による杉原直哉の捜索は、明確な手掛かりが一切見つからなかったとして9月中旬で
打ち切られた。捜索が打ち切りになった後も、杉原直哉の遺族や関係者は納得がいかず
捜索存続のための署名活動などの街頭活動を続けているという。
警察の捜索終了に伴って、世間では再び彼の失踪について騒がれたが、
木々の枯れ葉が地に積もる頃にはすっかりその騒ぎも消え、彼の失踪に関する報道も
皆無と言っていいほど無くなっていった。

楓と洋佑は、杉原直哉の失踪の真相を知ろうとあらゆる方面を調べたが進展は無く、
結果として、この電話で話した内容以上の情報は12月になっても得ることは出来なかった。


そして、12月18日。
洋佑は再び楓と連絡を取り合う事に成功した。楓は、まだ洋佑との記憶が残っていた。
つまり、本当の楓はまだ向こう側の世界で生きている…!
杉原直哉についての続報を得られなかったものの、望みはゼロでは無いことを互いに再確認する。

年末まではあと僅か。二人は迫りくる年末に向けて、シナリオの現状予想へと話を移す。
向こう側の世界にいる彼らが、この世界の日本に“何か”を起こす日…。
その日がいつなのか、二人は予想をし出す。

「…23日」
「どうしてそう思う?」

「大抵の企業は30日辺りから年末休暇に入りますよね。即ち、それまでに仕事に一定の目処を
 つけなければならない。特に年末迄に終わらせなければならない仕事の場合は、期日や納期を
 29日に設定するなんて事はまずしない筈だと思います。期日や納期には予備日を設けるのが
 一般的ですから、洋祐さんの職場で進めているプログラム改変という名の裏事業も28日辺りを
 目標に完了を目指していると思われます」

「なかなか感が鋭いな…ご明察、その通りだ。俺のいる職場では現に28日をプログラム改変完成の
 納期として設定している。表向きは本当にただの言語羅列にしか見えない。
 バーチャルなグラフィックスが展開される事は一切無いから、自分の手によって戦争が
 始まっただなんて楓に指摘されるまで微塵も思いもしなかった。けれども、実際にあちら側の世界へ
 潜入し、あちら側の世界で『HBD-5000』の名を聞いた時は背筋がゾッとした…
 取り返しのつかない事をしたと思った。直ぐにこのプログラム改変事業は止めなければならないと
 切に思った。でも、この世界に帰って無機質な空気が漂うだけの殺風景な職場を再び見て、
 現実を突き付けられた。異を唱えようにも明確な証拠も無い状況では何を言っても説得力は皆無、
 冷たい視線を注がれ排除されるのは明白だ。俺は真相を叫びたい気持ちをずっと抑えながら、
 この事業に関わり続けなければならなかった。そうしないと自らの命すら危うい事になりかねない…
 悔しかった。でも、ずっと関わり続けてきたから12月28日をプログラム改変完成の納期として
 設定している事が正確に分かった。楓の推測通りだよ」

「そうでしたか…とても辛い精神状態で取り組まれていたのですね。本当に心より激励致します。
 これで29日より先にこの戦争が続いてる可能性はほぼ無い事が分かりました。
 加えて年末シーズンですから社員の方々の有給休暇取得増加を考慮すれば…
 その事業の追い込み作業が本格化するのは遅くともクリスマス前の23日辺りかと推測します。
 向こう側の世界に生きる彼等も、その日辺りに何かを仕掛けてくる…私はそう判断致しました」

「ふむ…なるほどな。確かに、現に追い込み作業がもうすぐ始まろうとしているんだよ。
 今日が18日…そろそろ一層のペースアップを迫られる頃だ。彼等もそこを狙ってくるだろう…
 追い込み作業が本格化する前に阻止したいだろうからな。何にせよ、もう日数は無い。
 23日…もしくはその前後数日以内に必ず何かを仕掛けてくるだろう。俺のいる職場にな」

「気を付けて下さいね…」

「分かってる。大丈夫、きっと直ぐに終わるさ…それじゃ、そろそろ切る事にするよ。
 事件が起きたら直ぐに連絡する」

「分かりました。御武運をお祈りしています…洋佑さん、お元気で」
「ありがとう…じゃあな」


ガチャッ

ツー…ツー…ツー…

それが、あの事件が起きる日までに
楓と洋祐が交わした最後の通話となった。






話はポケモン世界へと戻る…


12月19日未明。

事態は急変する。

カントー地方の情報部が「ランセ地方」「イッシュ地方」など、2012年以降に開拓された全ての
地方の本拠地が相継いで陥落したとの情報を入手したのだ。それぞれの本拠地に設置されて
あった情報部と上層部との連絡は、18日夜遅くを最後に完全に途絶えたという。カントー上層部は
これらの地方が事実上の完全敗北を期したものとして判断…情報収集を進めた。

膨大に残された隊員達のFlexデータ画像のうち、イッシュ地方では味方の軍の完全壊滅を
象徴するかのようにあるものが写っていた画像が何枚もあったという―――――…


黒の旗。


ブラックシティの最も高層に掲げられたその旗は、敵部隊の象徴か何かだろうか。
『ブラックフラッグ』とでも言いたげに掲げられた黒一色のその旗を実際に見て、後に戦死した兵は…
一体どんな思いで当時その旗を見つめたのだろう。

全てを飲み込む黒の色は、白い色ですら平然と黒い色に染め上げる。
例え何種類の色を用いても、色の量が黒より勝らない限り…
一度、黒色に染め上げられた色が再び黒以外の別の色になることは決してない。




あぁ、叫びが聴こえる。純白の心が黒の外乱によって踏みにじられる音が聴こえる。
何もかもが絵空事で…夢であればいいと…魂の嘆きが聴こえる。


あぁ、まただ…
あの白い人の声が脳内で聞こえる…


“「助けてくれ」という悲鳴が社会ではタブーになりつつあると感じる。
 助けての一言が言ってはいけない風潮。
 
 「失敗を許さない社会」になってる事に何故誰もおかしいと思わないんだろう。
 完璧を求めたら必ず不備が出てくるのが人間だろうに。

 だからこの国はいつまで経っても、「心が幸せな国」になれない。
 誰か気付いて、この矛盾に。 早く気付いて…!”


SPECIAL ATTACK APPLICANT 第63話 「黒の旗」 ――――― 終
次回、第64話 「雨中の退却」。
生まれて悪かったとは思いません。生まれて良かった。