Wafty’s diary

情熱は止まらない 私達は進み続ける

【第64話 雨中の退却】 SPECIAL ATTACK APPLICANT

12月19日の朝。
ジョウト地方は明け方から雨が降りだしていた。

ザァ―――――――…

いつ雨から雪に変わるのか分からない、みぞれのような雨だった。
冷たい雨が地上にいる疲弊しきった兵達の体力を更に奪っていく。
言葉を発する力さえ兵達にはもう残っていない。



ジョウト最終防衛線内領域。
最終防衛線を完全に突破した敵は、本拠地まで約25km程まで迫る。
各地で狂気を超えた玉砕戦が勃発し、敵味方は原形を留めず総崩れになっていく。

敵は半無限に発生し続け、味方は次々と消されていく……死のカウントも終盤に近い。
もう逃げる場所も、帰る場所も無い俺達は…さまよう場所すら残されていない……




ザァ―――――――…

雨中の中で、重傷を負い
歩く事の出来ない兵を背負いながらフラフラと歩を進める、ある兵がいた。



「…」

「…何……やってん…すか……」

「……」

「本拠地も…時期やられますよ…」

「そう…だな…」

「撤退しても…助かりませんよ…」

「あぁ…」

「もう…やめてください……」




「…やめんよ」



「なん…で…」

「なんで…やろうなぁ……」

「…俺達…頑張りましたよね…」

「あぁ…」

「もう…十分…ですよね……」

「あぁ…」

「…生まれて…悪かったとは…思いません………」

「…」



「…生まれて…よかった…」



「……」







「…命を…持てて…」



ヒュルルルルル…


「幸せ…でし…た…」


バガアァアンッ!!!

ボトッ 

ドサッ


ザァ―――――――…


声にならない微かな声が、雨中の中に消えていった。







12月19日の午後。
残された各地の上層部と情報部の決議採択によって、カントーに存在する唯一の
固定型N-SPOTへの特攻作戦を12月23日に決行することを正式に決定した。

この正式決定をもって、上層部は
世界存亡に関わる最高度の非常事態宣言『LEVEL E』を発動させた。
同時に航空隊情報部は残された各地のSP隊員全員に対して、カントー地方への全集結を命令する。
勿論、俺も命令対象となる。
『LEVEL E』状態での情報部からの命令は絶対だ。
どんな理由があろうとも、命令に背く事は許されない。
世界存亡に関わる最高度の非常事態宣言を前に、命令に背く者は誰一人していなかった。


【命令詳細】
22日までにカントー地方への全集結を極秘の内に完了させる。
その際、敵に意図を悟られないようSP隊員は夜間に飛行を開始。
編成飛行を避け、分散飛行でなるべく速やかにカントー地方への集結を目指す。
その第一陣は19日の23時頃に出発を開始、以降は敵を錯乱する理由も含め、不定期で後続が
出発する。深夜帯とは言え、離陸時と着陸時には最高レベルの警戒が必要となる―――…

“生きて…カントーに来い…!”

これが命令だ。



野営地でその命令を受け取った俺達ジョウト第3航空SP隊は、
一時は困惑した空気になったものの直ぐ様、全員が目付きを変え、団結力を改めて確認した。
後に出発時刻が俺達の部隊にも暗示文で言い渡される。

ジョウト第3航空SP全隊員へ告ぐ―――
 12.19通告"○七通知"に関する伝聞。20.0309、E-93方向へ」

その出発時刻を言い渡したのは、ミライだった。
何度も聞いている声なのに、今になっては彼女の声を聞くと何だかホッとしてしまう。
いつからか彼女の声は俺にとって、すっかり心地よく感じるようになっていた。
よかった…ミライは最後の最後までジョウト航空隊のオペレーターとして責務を全う出来ている…

彼女は感情の無い冷たい子なんかじゃなかった………
どんな状況であっても悩みに苦しむ命に救いの手を差し伸べる本当に優しい女の子だった。
そんな優しい彼女が、あらゆる雑踏に押し潰されそうになるのを俺は放っておけるはずが無かった……
無慈悲だけの世界で、どんなに疑心暗鬼に染まろうとも…
彼女には最後まで自分の想いだけは貫いてほしい……気が付くと、そんな事を願っていた。

おそらく彼女も俺に対して…そんな事を思っているんだと思う。


僕らは孤独だ。

だから、誰よりも信じ合える。

だから、誰よりも愛する事が出来た。

離れ離れでも…心は繋がってる。




いこう、最後の戦いへ。愛する者を護るために。
この悪夢のような戦いの日々を終わらすために。


覚悟はできてる。
最初はその筈だった。けれど何度も何度も挫折し病んでいった。

でも、僕は進む。



怯えながらも進んでゆく。
臆病だから不安に押し潰されそうだ…震えが止まらない。

でも、僕は進む。



弱い僕だけど、いつか分かってみせる。失ったものは沢山ある。
あの日々には、もう戻ることはできない。

でも、僕は進む。



がむしゃらでいい。翼が裂けても夢中で進んでやる。
それでいい。それでいいんだ。
どんなにボロボロになっても戦い続ける、それが“生きてる証”だ!
強敵だろうが関係ない。
待ってるのは、シナリオが終わった先の世界。


僕は走る。
ゴールはもうすぐだと。


待ってろよ、勝ち組。

もうすぐ、そっちに行くから。











― 個人通信 ―

「さよなら…ミライ」
「それじゃフラグだよね…」
「そうだな…じゃあ何て言おうか」
「むぅ…代替案を考えてなかった」
「やれやれ……」

「……ねぇセレン…怖い?」

「あぁ…怖いよ。無茶苦茶怖い」
「うん…」

「…でも、いずれ俺はこうなる運命だった気がする。今になって何となくそう思うんだ」

「……」
「ミライはさ…俺がこうなる事きっと分かって…たんだよね?」
「…うん」
「なのに、こんな俺を好きになったって事は…何か理由があるの?」

「……」

「…分かってる、言えるわけ無いよね…そんな事」
「…ごめんね」
「どうしたの?」

「ずっと隠してた事があるの…今なら言える事。きっと…セレンには衝撃的過ぎてショックを受ける
 どころか信じられないかもしれない…でも、それでも言わなきゃ…本当の事をセレンには知る権利が
 ある。だから…驚かないで聞いてくれる?」

「…あぁ、分かった…聞くよ」
「今から言う事は…全部本当の事だから」
「あぁ…」



覚悟はしていた筈なのに、次のミライの言葉を聞いた瞬間
“この会話が夢であればいい”と本気で願った。






















「セレン…あなたはもう死んでいるの…」





「  …………ぇ……?」







「本当の貴方は…既に死んでいる」

「……な……何を…言ってるんだ?」




「隠しててゴメン…でも本当なの」



「いつ…死んだ…って?」

7月中旬よ。セレンの生命反応が半日だけ無かった日が7月中旬にあったの…
 ジョウト航空SP全隊員のFlex生命反応管理も担当していた私は目を疑ったわ。
 実際のセレンは生きているのに、Flexの生命反応には"死亡"の表示が出ていたの。
 何かの間違いじゃないのか、Flexの故障による誤表示じゃないのかと…直ぐにあらゆる検証をした。
 セレンには内緒でFlexの機能テストも遠隔プログラムで行ったわ…でも、結果は異常なし。
 つまり、それは…この時点で既にセレンが死んでいる事を意味している…
 Flexに一度"死亡"表示が出ると生き返らないのはセレンも知ってるでしょ?
 瀕死とは全く違う…。私は何が何だかサッパリで暫く動揺が止まらなかった。
 
“実際にはハッキリと生身の身体が動いているのに、
 ふわふわと浮遊しているわけでもないのに…死んでいる…?”

 ところが、セレンのFlex"死亡"表示は…半日後に再び元の"良好"表示に戻ったの…
 まるで何事もなかったかのように……そして、今に至るわ」



「…どういう事なんだ」



「分からない…でもFlexに一度"死亡"表示が出たら、生き返るなんてことはあり得ないの。
 膨大な数の戦死者データにもそんな例は未だかつて一度も無い。
 “今のセレンは死んでいる”としか言い様が無いの…」






「…じゃ、じゃあ……今の俺は…?」









「……    あなた誰?」





「そんな…知らない…自覚が無い!」
「そう、自覚が無い」
「俺は何も知らないッ!!」
「……」
「何も知らない…何も知らない…俺は何も知らないッ!!」

「ねぇ…本当に何も覚えてない?」

「知ら…ない」

「…前世みたいな記憶」

「前世?なんだそりゃ…」
「じゃあ…何か変わった事は?」

「そんなの…秋頃になって夢に全身が白い謎の女性が出てくる夢を
 頻繁に見るようになったぐらいしか…無い」

「秋頃…」

「でも、これぐらいしか変わった事なんて無い…」


「全身が白い謎の女性……」

「……?」



「確かアルフィーネもそんな不思議な事を言っていた気がする…」
アルフィーネ先輩が?」

「その白い人…アルフィーネを何故か初対面で"お姉ちゃん"と呼んだらしいわ……
 今は行方すら分からないけど」

「何者なんだ一体…」

「さぁね…分からない。でも、夢にピンポイントで出てくるって事はその白い人と
 セレンの間には少なからず何らかの因果関係が絡んでると思う。勿論、アルフィーネにもね…」




「なぁ、ミライ…」
「ん…?」

「仮にもし、今の俺がセレンじゃないとしたら…今の俺は別の魂みたいなものが宿ってる誰かって事?」

「そうなるわね。ただ、今の貴方もセレンの記憶を完全に継承しているみたいで…
 記憶を失った誰かの魂が、本来ならフラグ成立で死んでいた筈のセレンの魂の代わりに入り込み、
 セレンの記憶で満たされ今に至る…そういった所かしら」



「つまり要は、シナリオ改変によって俺が“本来なら死亡する筈だったルートが
 変わる途中”で魂が別物になった…みたいな?」


「…察しが良い、セレン」
「伊達にミライの彼氏やってるわけじゃないんで」
「慣れちゃったか…あはは」
「で、まぁ結局…今の俺はセレンの記憶を引き継いでる誰かなんやね?」
「…うん」
「でも…今の俺も正直、以前と変わらないセレンのままでしょ?」
「そうね…」
「ミライだって好きなままだし」
「改めて言われると恥ずかしいな…」





「だから"さよなら"の代わりに伝えるよ、"ありがとう"って。」





「セレン…」
「ミライ…ありがとう…」

「私、待ってるから…ずっと…セレンが帰ってくるまで、
 情報…発信し続けるから…!! だから…」

「あぁ…」



「私の側から…居なくなるんじゃ…ないぞ」


「あぁ…あぁ…!」





「…じゃあね、セレン」

「うん…ミライも元気で」

「頑張るんだぞ」

「あぁ、見といてよ」

「うん見てる…ずっと見てる」

「正直、無茶苦茶怖い…」

「大丈夫、セレンの翼は本物。」

「…そっか」




「出来るよ、必ず!」
「うん!」



「変えてこい!未来を!!」
「あぁ!任せろ!!」







「健闘を祈る…特攻の志願者!」
「ありがとう…またどこかで…!」



ブツッ…

― 通信終了 ―















これが、特攻出撃前のミライとの最後の会話となった。
今思えば、最後にしては不思議なくらい清々しかった。でも、それが逆に心地よかった。







翌日12月20日の午前3時9分。
俺達は最後の戦いに向けてカントーへと飛び立った。







時は満ちた。
来るべき日が、来ようとしている。




最後の戦いが、遂に始まる…ッ!!


SPECIAL ATTACK APPLICANT 第64話 「雨中の退却」 ――――― 終
次回、第65話 「信号消滅」。
苦しく辛い経験をした命は、誰よりもつよく、優しくなれる。