Wafty’s diary

情熱は止まらない 私達は進み続ける

【第65話 信号消滅】 SPECIAL ATTACK APPLICANT

彼女に嘘をつく度、胸をチクリチクリと針で刺されるような痛みが何度も走る。
彼女の笑顔を護るために吐き続ける言葉は中身の無い空虚なもので、
僕の身体はドロドロした黒いもので塗り固められていく。
初めは何てことは無い些細な事だった。悲しむ姿は見たくないと、それを受け入れた。

その時、気付くべきだった。
その時、踏みとどまるべきだった。

それを超える事が何を招くかを、分かっていなかった。
気が付けば僕はその魅力に取り付かれてしまっていて、もう後戻りは出来なくなっていた。
彼女の笑顔を護るためと言い訳をしながらも、僕は嘘を吐き甘い櫁に手を伸ばす。
それでいて、彼女の事を大切に想っているだなんて、何とも可笑しな話だろう。
それでも僕は彼女を想い続ける。彼女の傍に、と願い続ける。

それがどんな代償を求めてこようと…
僕は、彼女の事を愛しているのだから。



“分かってたよ。それでも、私は―――――…”











12月20日 AM4:00
ジョウト&カントー境界上空付近

第3航空SP隊は幸いな事に、何事もなく野営地からの離陸に成功していた。
目立った敵に遭遇することなく順調に飛行を続けていた。
この時、珍しく俺の隣を飛行していたのはリレイド…父さんだった。
もう後が無いのを悟り、普段はパートナーとして共に飛ぶハヤテ先輩が気を遣ってくれたらしい。
作戦中ではあったが、敵の気配が無い時は久しぶりに親子らしい会話に花を咲かせる事が出来た。
今は、こんなくだらない会話が出来るだけでも本当に幸せだと心から思う。
これから俺達はどうなるんだろう…
そんな不安を一瞬でも忘れさせてくれる時間をくれたことに感謝したい。
話しているうちにカントー地方の境界に差し掛かり、そんな穏やかな会話も終焉を迎えた。
会話の内容は次第に緊張感漂うものになった。


「セレンは人間世界の情報には大分詳しくなったんだよな?シークだっけ?捕虜に殺られた特派員」
「うん…」
「まさか中身が人間だったとはなぁ」
「でも悪い人じゃないんだ…父さん」
「分かってるさ。でないと、セレンとあんなに親しくする訳がない」
「……」
「大丈夫、話は全て情報部から聞いている。セレンは心配しなくていい」
「……」
「ところで、ここは人間世界で言うとどの辺りになるんだ?」
「…静岡県浜松市付近」
「まだまだ遠いな…カントー本拠地だと?」

「…埼玉県秩父付近になるみたい。自然豊かな観光地として有名みたいで、東京からも観光客が多く根強い人気がある場所ってシークさんは言ってた」

「…そこが、最後の激戦地になるとは。皮肉なもんだな」
「そうだね…」


眼下には暗闇の海が広がっている。
人間世界では駿河湾と言うらしく、数年前に東海地震という大きな地震があったらしい。
シークさんは確か、規模の割には被害が少なかったと言っていた。
海底プレートの異常変動を地震の起きる1日前に観測出来たらしく、政府からの警戒宣言が
早めに出されたために最小限の被害で済んだらしい。人間の科学技術はつくづく感心させられる。
現代の魔法使いだ…神すら生み出してしまいかねない…全くもって末恐ろしい化け物だ。

俺達は遥か先が明るくなりつつある空を望みながら、カントー本拠地到達を目指していった。








地獄の1日が、始まろうとしていた。







“ピーッ ピーッ ピーッ…”
“ピーッ ピーッ ピーッ…”




俺達の知らない所で戦況は恐れていた最悪の展開を迎えることになる。
それは敵の本拠地一斉総攻撃――――



“こちらシンオウ本拠地地上観測所!敵が進軍を開始!五百…六百…いや、千はいる!シンオウ地方全兵に告ぐ!総員戦闘用意!!”

“こちらホウエン本拠地地上観測所!膨大な数の敵軍が本拠地に侵攻を開始している!ホウエン地方にいる全兵に告ぐ!直ちに総員戦闘用意!繰り返す!直ちに総員戦闘用意!!”


“ピーッ ピーッ ピーッ…”
“ピーッ ピーッ ピーッ…”



AM4:46 敵部隊
シンオウホウエン本拠地に同時侵攻





最悪が、現実となった。





カントー情報部では、速報と同時に多くの情報が錯綜し始めた。

「情報セキュリティレベル最大!カントージョウトへの緊急回線ルート完全保護!」
「何だ!何があった!」
「敵がシンオウホウエン同時に本拠地侵攻を開始しました!」
「陸・海・空、一斉に動いてます!」
「数が…数が…異常だ!」
「先発隊は既に攻撃を開始している模様!各地方は最終戦闘体制に移行しつつあります!」
「想定よりも戦況が早すぎる…!」

「第1報、入りました!」


AM4:48 第1報
シンオウホウエン本拠地に敵部隊侵攻”


「本拠地情報部から正式通達です!侵攻の詳細情報も送られてきました」
「ぁ…」
「…最悪だ」
「……」
「4方向から…同時侵攻してる」
「何処に逃げるって言うんだ…」
「…各本拠地の一般民収容数は?」
「詳細は分かりませんが、相当の数かと思われ…」
「緊急脱出ルートで即避難させるように指示!」
「し…しかし!4方向から敵が同時侵攻してるんですよ!?」
「本拠地は8方位脱出ルートが確保されてある!合間から少しでも脱出させろ!でないと…地獄と化すぞ!」
「はっ…ハイッ!!」
「避難指示通達、完了!」
ジョウトカントーは!?」
「まだ異常ありません!」

「第2報、入りました!」


AM5:03 第2報
シンオウ、総員戦闘状態”


「援軍を出しても間に合いません!」
「くそっ…総力戦必須か…!」


淡々と報告通知だけが流れていく。






一方、俺達はカントー地方の中心部を視界にとらえ始めていた。
地上の敵に警戒しながら飛行を続ける。夜明けが近くなってきた。

――――――――――――――――
AM5:49 カントー西部地方上空
ジョウト第3航空SP隊、着陸体制へ
――――――――――――――――

その時、仲間の誰かが叫んだ。


「南東!2時方向に敵機ィ――ッ!」


叫びとほぼ同時にFlex画面が戦闘表示に変わった。
俺はFlexに表示される情報を二度見した。表示されている“2文字”に背筋が凍った。

ピピッ

“敵機確認。F-3『心神』2機、南東より接近。”







シークさんとの会話を思い出す。





“セレン知ってるか?
 人間世界の日本で今度新しい国産ステルス戦闘機が登場するんだ。名前は――――…”




「心…神…」


「セレン!知ってるのか!?」
ハヤテ先輩が直ぐ様、無線で聞いてきた。
俺はシークさんから聞いた思い出せる限りの情報を瞬時に伝える。

「はい!日本が次世代国産戦闘機として開発していたステルス戦闘機です!試作機のATD-Xが2014年に初飛行を達成していますが詳細な飛行性能は不明な部分が多く…「心神」という名称とは別に、平成のゼロ戦とも呼ばれています!!」

「……かなりキツイ戦いになるな。何か弱点は…!弱点は無いか!?」

「このF-3はエンジン推進部に飛行性能の鍵とも言えるアクティブ方向舵が装備されてあるため、上昇角が30度以上になっても失速せず攻撃可能な状態を保つそうです!逆にそこさえ狙えば…!少なくとも敵機の飛行性能を落とせます!!」

「皆、聞いたか!機体尾部のエンジンブースター付近にあるアクティブ方向舵だ!そこを重点的に狙え!くれぐれもロックオンされるなァ!!」


『了解ッ!!!』


F-3『心神』…

まだ実験段階じゃなかったのか…?
何でそれがもうここに現れるんだ…
一体何がどうなっている…敵の豹変ぶりに頭が混乱しそうだ。

俺は戦わなきゃならないのか…?


あの、未来の…ゼロ戦と…




『来るぞォ!!』



ドクンッ


“決めたんだろ?「進む」って”


ドクンッ







そうだ、進むんだ。
神を敵にするぐらいの覚悟が無ければ道なんて、一生切り開かれない。





「…!!」





俺達は、死の弾幕の中に飛び込んでいった。















各地方の本拠地から送られる短い電報のような速報が事態の深刻さを静かに物語っていた。

「第3報、入りました」


AM5:50 第3報
ホウエン、総力戦避けられない”


「…詳細な戦闘状況の情報は」
「現在、膨大なデータ量が全国各地の各兵からかつて無い程の勢いで集まっていますが、一つ一つを目視で確認するのは不可能な状況です」
「…ここのサーバー処理演算記録能力の方が我々の目視よりもスムーズという状況か…凄まじいな」
「事態も著しく刻一刻と変わっていて対応以前の問題で…」
「まぁいい、詳細な戦況記録は全力でサーバーに収集させるんだ。本拠地からの情報部速報を確認するだけでいい。この短い文が全てを物語っているからな」
「はい…」


淡々と報告通知だけが流れていく。








一方、俺達はカントー地方上空で遭遇した新型機F-3「心神」2機の撃墜に成功。
味方側にはかろうじて死者は出なかったが、ほとんどの者が中程度もしくは重症を負った。
俺も右翼ならびに左後部に深い外傷を負い、飛行に支障が出ていた。
先輩や父さんも何らかの外傷を負っている様だった。

2機という少なさが不幸中の幸いだったが、逆に言えば2機で味方の1個中隊に、
これほどの被害を与える程、このF-3は脅威であることを敵は俺達に示す結果となった。

戦闘後、俺達はこれ以上の犠牲を出さないためにも直ぐ様、カントー本拠地へと急行した。



心神

また一つ、トラウマになった。




――――――――――――――――
AM5:57 カントー地方セキエイ高原
セレンら、カントー本拠地到達
――――――――――――――――

カントー本拠地到達後、直ぐに外傷の応急手当を施された。
そんな中でも戦況は刻一刻と変わっていた。




カントー情報部。


ヒピッ
「第4報、入りました」


AM6:00 第4報
シンオウホウエン、敵の第一波が零地点に到達”


「ゼロ地点…」
「地上における本拠地の中心地点の事です…兵の間ではグラウンド・ゼロとも呼ばれています。」

「…」

「ここまで敵に到達されると、総力戦から防衛戦もしくは持久戦に変える必要があります。
 この時点で地上における味方側の部隊はほとんど壊滅していると言って、間違い無いでしょう…
 出来ればそう判断したくありませんが…」

「元々、本拠地の構造は地下要塞が基準だ。
 地上戦には特化していない分、持久戦には一定の成果を発揮する。
 イッシュの本拠地戦はその典型的特性を示し、孤立状況下にも関わらず1週間も耐えたそうだ…
 だが、今回は敵の規模が尋常じゃないくらい桁違いだ…
 地下要塞の特性を発揮する前に丸ごと潰される可能性は極めて高い」

「はい…正直申し上げますと、1日もつかもたないか…ギリギリなラインです」

「敵側はわざとカントーを最後まで温存させている…目立った戦闘も他の地方よりも圧倒的に少ない。
 敵の真意は未だ分からないが、この展開は我々が想定していたシナリオと同じだ。
 ……ただ、今起きてるこの2地方同時本拠地侵攻は想定外だ…規模も含めてな。
 地下要塞の耐久力が試される戦いになるぞ……」


「はい…」




淡々と報告通知だけが流れていく。




外傷の応急手当を施され、一段落つく間も無く、俺達ジョウト第3航空SP隊を含めた全国から集まってくるSP隊員達は地下深くの特殊隔離施設へと向かう事になった。

理由は特別作戦に関わる要員の確実な保護並びに機密情報保持にあった。

カントー本拠地は他の本拠地と比べて著しく規模が大きく、全国からSP隊員が集結しても余裕で収容出来るスペースがある。ジョウトよりも全て規模が桁違いで、逆に何だか落ち着かない。カントーの兵達は珍しそうに全国から集まったSP隊員達に視線を注いだ。かくいう自分も珍しそうに視線を注いだ一味ではあるのだが。怪我をしている兵も考慮して特殊隔離施設までの移動はゆっくり進められた。途中、カントー情報部のメイン通信ルーム付近を通過する。その際、俺は通信ルームの画面に速報が表示された瞬間を見逃さなかった。


“ピーッ ピーッ ピーッ…”

その場にいた全ての兵が足を止める。





「え…」

頭が、真っ白になった。









AM6:30 ジョウト第1報
“敵、本拠地へ攻撃開始”




“ピーッ ピーッ ピーッ…”



甲高い警報が鳴り響いていた。
ただ、ひたすら、鳴り響いていた。

助けて、助けて、助けて、
言わんばかりに。






“ザザッ…”


聞き覚えのある声が…情報部のメイン通信無線から聞こえてきた。






“後は任しました。ありがとう、戦友たち――――”

―通信終了―




「ぁ…」

言葉に出来ない感情に襲われる。




「ぁ…あぁ……」



公然な場と言えども、その感情は抑えられなかった。

「あぁあぁ…!あぁぁあぁあ…!」
『お、おう。どした?急に』
「あぁあぁあぁぁあ――ッ!!」
『うおぅ…』
「あぁ!あぁッ!あぁッ!!」
「セレン!とりあえず落ち着け!」
「うぅあぁ!くあぁッ!あぁ!!」
「セレンやめろ!俺だ!ハヤテだ!」
「…っく…!うぅ…ぁ…ぁ……」
『何やびっくりしたなー』
「すいません、うちの相棒で…」
「…っ……く…っ…」
『何か嫌な事でも思い出したんか?』
「いえ、何でも無いんです…今はセレンに触れないであげてください。」
『んー…』
「難しい年頃なんですよ…10代後半って。俺もそうでした…」
『確かにな…皆そうだよ』
「な、セレン…」
「…っ……」

『よし、じゃあ行くぞ』

「はい。セレン、行こう」
「……はぃ…」






ガシャーン…


俺達は、地下深くにある特殊隔離施設に幽閉された。

















その後、外の世界で一体何が起きて、どんな戦局を辿ったかは分からない。
特殊隔離施設に幽閉された俺達は、移動の疲弊がピークに達していたせいもあって、
1日中電源が切れたみたいに眠り続けた。

けれども、いくら寝ても目を覚ませば…また現実が突き付けられる。
目を覚ます頃には、Flexの時計は午後5時前を示していた。
この施設では個人無線機能も使えない。
特別作戦以外の、外の情報を知る機会は大幅に減ることとなった。

全ては、来るべき日のために。





特殊隔離施設には各地方本拠地からの公共無線放送しか入らない。
そして、その放送は流れ始めた。


PM5:00 シンオウ本拠地

“情報部を現時刻で放棄。残念な限り。可能な限り一般民の避難は完了した。本通信をもって最終通達とする…共に戦えて光栄だった。北国の美しき大地、そしてこの世界に生きる全ての命に。万歳”

12月20日午後5時 シンオウ司令部


放送直後、辺りは騒然とする。

『なぁ、今の放送…』
『あぁ、最終通達って確かに言った』
『放棄…?まさか…』

そして自動放送が言い渡される――




PM5:37 シンオウ情報部 信号消滅



シンオウ…信号消滅…?」

直後、あちらこちらで雄叫びや叫び声、涙声が響き渡る。
おそらくシンオウから派遣されている兵だろう。


シンオウ情報部の信号が切れたって事か…本拠地がやられたんだな』
『他の本拠地も時間の問題だ。何だか俺達、戦いから逃げてきた卑怯者みたいだな。』
『縁起でも無いこと言うなよ…』
『だってそうだろ。特別作戦とかいう名目でへらへら此方に飛んできて傍観者として生き残ってるみたいなもんだろ実際』

「あ?」
「ちょ、馬鹿…セレンやめろって…」

『あ?泣き虫野郎、文句あんのか?』
「ここ来るまで、何名のSP隊員が死んだと思ってるんだ」
『技量不足乙としか言えんな』
「それ“心神”の前でも言えんのか?」
『は?しんし… 今…なんつった?』
「“心神”F-3ステルス新型機」
『お前見たのか…それ…』

「この大怪我を代償になぁ!」

『よく生きれたな…ぉぃ…』
「お前にも味あわせてやろうか…」
『ぅ…』
「泣き虫野郎を、嘗めるな。」
『……ちっ…分かったよ、失言だ』





「セレン、もういい。やめなさい」

リレイド…父さんが俺を制する。


「ん…」
「おぉー…様になってたねぇー…セレンくんー…」
「すいません先輩…ムキになって」
「先輩ガクブル止まんねぇや」
ピジョット肌って奴ですか」
「上手くは無いぞ」
「別に上手いこと言ったつもりはありませんが」

「とにかくセレン…辛いしイライラするのも分かる。だがな、他者にストレス発散するのはNGだ。
 かといって、親父さんの前じゃ恥ずかしいのも分かる。じゃあ、俺が受け止めてやるよ。
 俺の前では幾ら泣き叫んでもいいから、な!」

「…先輩…」
「へへっ…」
「何で彼女いないんすかねぇ…」
「ね!俺いい奴なのに!ねー!?」
「うん…何となく分かりました」
「え、なにそれ!?どゆこと!?」
「僕は先輩のこと、好きですよ」
「うおぅ…ここでまさかの告白…」
「ちげーし!ホモじゃねーし!」
「はっはー!さては妥協したな!?」
「男子校みたいに言うのやめて!?」
「…禁断の恋の世界へようこそ」
「ひぃ~言わないでくださぃ~…」
「あ、可愛い…と一瞬思った」
「思わないで下さい!!」
「はっはっは!やっぱり面白ぇなー!セレンは!さっすが俺が選んだ後輩だ、良いツッコミキャラになったな!」
「ツッコミキャラ前提ですか!?」
「じゃあ鬱病になったセレンbot!」
「某SNSみたいに言わないで下さい」
「ぃみゎかんなぃ。。マ○カしよ…」
「ゲーム違うからね!?」
「でも鬱モード多くね?実際」
「それ以上はメタい発言なのでNG」
「ウィッス」
「ふぅ…」
「…気持ちよかったか?」
「誤解を招く発言しないで下さい!」
「はっはっは!やっぱり面白ぇー!」
「先輩の玩具にされてる感パネぇ…」



あぁ、こんなくだらない会話をしている今のこの瞬間も刻一刻と終末の時は近付いていく。
逃れられない運命なのだろうか。シナリオが想定以上のスピードで進んでいく…



追い討ちをかけるように、再び放送が流れ始めた。



PM8:40 ホウエン本拠地

“戦いは最終局面を迎えた。全勢力をもってしても敵侵攻は防げ切れず。無念なり。情報部を現時刻で放棄。シンオウ同様、一般民の避難は完了した。これを最終通告とする。散りゆくこと誠に悲しき。桜の如く、美しく”

12月20日午後8時40分 ホウエン司令部

放送直後、辺りは再び騒然とする。

『今度は…ホウエンだぞ…』
『嘘だろ…嘘だ…嘘だ…嘘だ』
『やめて…く…れ』

そして自動放送が言い渡される――






PM9:03 ホウエン情報部 信号消滅





「そんな…馬鹿な…」

ホウエンから派遣されている兵だろう。
直後、あちらこちらで雄叫びや叫び声、涙声が響き渡る。
先程よりもその勢いは増しているように思えた。しばらく、嘆きの時間は止まらなかった。

さっきまで、くだらない会話で盛り上がっていた俺達も、
顔を合わせずに俯き目を閉じ、辛い叫び声を聞き続けるしかなかった。



そうだ…忘れていた。
笑う要素なんて、この世界には、もう等の昔に消えているんだった。







あぁ、来る…













恐れていた闇が来る…











闇が、迫り来る。







放送が流れ始めた。その声の主は、さっき聴いた声と同じの聞き覚えのある声だった。

“セレン…ありがとう…”

僕は、今まで何度、この声に癒されてきたのだろう。

“頑張るのだぞ”

別れ際のあの潔さが、今となっては無性に切なく眩しい姿として脳裏に焼き付いている。





“健闘を祈る、特攻の志願者!”





嬉しかった。
本当に君は僕の未来そのものだった。





君の声も…これで本当に最後だね。






PM10:20 ジョウト本拠地

“この本拠地が陥落する時が本当に来るとは未だ信じ難い。だが事実は揺らがない。
 敵の勢力は時間を追う毎に増し、湯水の様に出現する。止まらない、止められない。
 我々は全身全霊を尽くした。それでも止められなかった。
 地上では信じられない光景が広がっている。ありとあらゆる地獄を集約したかの様な戦場だ。
 本当に、これが悪い夢であるならどんなにいいだろう。
 我々は戦い、戦い…戦って…戦って…戦い続けた。
 平和な日々が来ることを信じて、もう一度あの笑顔を取り戻そうとした。
 敵の正体は粗方予想できている。
 けれども、最後までその真髄は分からなかった。
 我々に時間は残されていなかった。

 残念だ、本当に残念だ。

 世界が終わってゆく…そんな空想話のような現実が迫っている。
 そもそも、ここがもう現実なのかも区別が付かない。
 だが、我々はそれでも戦い続ける。意識が有る限り、意志が続く限り。戦い続ける。
 先程、シンオウホウエンの通信が切れた。連絡・通信はもう出来ない。
 おそらく、ここも時期にそうなるだろう。

 けれども、希望は繋がった。
 彼らが、この世界を変えるだろう。
 
 我々は信じている……
 今、大きな爆発音がした。敵は直ぐそこだ。
 現時刻をもって、この情報部を放棄する。
 他の地方同様、一般民の避難は最大限完了した。 以上をもって最終通告とする。



 この世界の未来に幸あれ。弥栄。”


12月20日午後10時25分 ジョウト司令部

















PM10:25 ジョウト司令部

「司令…」
「時間だ、我々もいこう」
「…はい」






PM10:26 ジョウト情報部

「最終通告、送信完了確認」
「SP隊、残存兵全てのカントー本拠地到着を確認」
「了解。現時刻で航空隊司令は作戦指揮長の直接管轄とする」
「同様に陸上、海上隊も作戦司令を各作戦指揮長の直接管轄とする」
「任務終結を確認…最終プログラムの発動を開始」
「了解。コードMS_#ENDを入力します。 …いいんですね?司令」

「あぁ…やれ!」
「情報部、封鎖ッ!!」

パーン!
《《《J-Code:MS_#END》》》



ビィ―――――ッ!!
『情報部封鎖』
“All Station!All Station!This is LAST EMERGENCY Info. This is LAST EMERGENCY Info. 
 現時刻をもって情報部は封鎖されました。繰り返します、現時刻をもって情報部は封鎖されました。
 これからは各部隊の作戦指揮長もしくは代行者が作戦指揮権を保有します。
 全兵は彼等の指示に従ってください。情報部から発信する信号は非常電波に制限されました。
 全データロック、管理制限レベルをMAXにしました。電源は1分後に遮断されます。
 遮断後の情報システムは非常電波を除き一切利用する事が出来ません。
 電源を復旧させる場合は特定の管理者にアクセスコードを問い合わせる必要があります。
 直ちに総員戦闘の用意を行って下さい!本放送終了と同時に電源は遮断されます。
 直ちに総員戦闘の用意を行って下さい!一般民は直ちに身を守る行動を取ってください!
 まもなく放送が終了します。総員戦闘用意!総員戦闘用意!総員戦闘用意!放送を終了します”

シュウゥン…ピ―――…

「封鎖、完了しました」
「総員戦闘よ――い!」
「情報部、全員の完了を確認!」
「戦闘体制に移行!!」
『了解!!』
「各員、戦闘開始!!!」
『ハッ!!!』




「ミライちゃん、元気でな…」
「えぇ…先輩も。お元気で…」

「っ…!」

ダッダッダッ…








「セレン… 怖いよ…私…」
























…――――――――――――――――
大丈夫。僕らは、心で繋がってる。
――――――――――――――――…














「わかってる…セレン すぅーっ…」



吹っ切れよう、もう迷わない。

私はミライ。
そして私自身が―――


「ッ!!」

未来を創ってやる。




「「うぉらああ――ッ!!!消えやがれェエエェエエェエエェエエェエエェエエェエエ―――ッ!!!!」 」




少女は今、目覚める。

SPECIAL ATTACK APPLICANT 第65話 「信号消滅」 ――――― 終
次回、第66話「AST」。
光は、言葉だ。