Wafty’s diary

情熱は止まらない 私達は進み続ける

【第73話 目標。=東京特攻2=】SPECIAL ATTACK APPLICANT

二十歳を迎えた冬の肌寒い日、私は彼等の笑いが止まる光景を目の当たりにした。ここで言う『彼等』というのは例えるなら同じ電車に乗り合わせた乗客の様なもので、『笑いが止まる』というのは終点に着いたその電車から降りる為に必要な手元にあった筈の切符が見当たらない状況を指す。但し、この切符は通常とは異なり、払い戻しが一切効かない。

その日、願いや想いとは無関係に突き付けられる現実は彼等を“沈黙”で縛った。昨日まであんなに笑っていた彼等が嘘のように誰も笑わない。私は心の奥底で一瞬だけ、この状況が少し面白いと感じる黒い感情が自分の中を過った事に狂気的恐怖を感じた。静まり返った集団の片隅、心の中で小さく呟く。

―――なんだ、これは。

知識と権力が交錯する一発触発の張り詰めた空間。相手から聞こえる言葉が刃の様に鋭く、寒くもないのに自らが口にする言葉は自身でもどうしたと思う程に震えているのが分かる。視界はボヤけ、冷や汗が背中にじんわりと滲む。同時に小康状態を保っていた腹痛は求めてもいないのにここぞとばかりにその痛みを巻き返してくる。緊張時に襲うこれらの生理現象は自らの思考を狂わす大きな要因になる。思考が狂えばパフォーマンスに支障が生まれる。本来のパフォーマンスが発揮出来なければ、望んだ目標から結果は遠退き始める。結果を補正しようとすると、言い訳にも似た返答を模索せざるを得ない。まともに答えられる問いにも答えられない状況が生まれると、やがて現実はトラウマと化していく。そんな光景がここでは繰り返し展開され自分の瞳に映っていく。だから無意識の内に、その光景に対する耐性が出来ていくと「この状況がむしろ面白い」と歪んだ感情が生じ始めるのだろう。

すると、場の空気に耐えかねたのか彼等の内の一人がタスクを終えると顔を覆い静かに泣きだした。私はその姿に少し驚いた。私はちょっとした事で落ち込んでしまう弱者ではあるが余程な事がない限り、人前で涙だけは流すものかと自分の中で弱者なりの意地みたいなものがあったからだ。だがその時、彼は私より確実に強い立場である筈なのに大人数の視線に触れる中で泣いたのだ。一体何故?涙の真意は彼にしか分からない。突然の彼の涙に対し周りがざわついたり冷やかす中、私だけは「恐怖を押し殺していたのは私だけじゃなかったんだ」という率直な思いと、この状況下でも人間味のある人間が居た事に対する安堵を感じていた。だが、同時に悲しくもなった。

―――私は誰かに同情して欲しいだけなのか?

そんな言葉が自分の視界に文字として現れた様な気がしたからだ。
「この空間に居続けると、ただでさえ弱い自分の精神が更におかしくなる」
この様な逃げの気持ちを今まで何度抱いたことだろうか。彼の涙を見た日の夜、そんな事を思った。今までの私の人生はずっとその繰り返しだった気がする。まるで『選べないなら死ね、弱いなら死ね、徹底的に死ね。お前の努力や反省など微塵たりとも価値は無い』と言わんばかりに。

「う……」

じんわりと涙が込み上げてくる。私は頭から布団を被り微かな声を交えて啜り泣いた。幼い頃から普通の人になりたいと、あれほど願っていたのに。普通という壁は私を拒み続けた。

幼い頃は当たり前のように夢をたくさん見ていた。たかが夢、されど夢。私にとって夢は心の拠り所であり、原動力でもあった。思春期を過ぎてから幸せな夢というか、理想的な夢を見なくなった。代わりに見るようになり出したのは悪夢、もしくは現実に酷似した夢。もはやそれは『夢』では無く『シミュレーション』に過ぎない。記憶に深く残る友情や恋愛に恵まれる事が無かった私にとって、その夢のパターン変化はまるで自分の中の唯一の拠り所が消えていくようだった。

――私はいつから夢を見なくなったんだろう。

心にぽっかり穴が空いたようだ。自分の吐息による熱の温かさだけが今を生きている唯一の証の様に思えた。布団を押し退け息を整えながら自分の傍にある目覚まし時計を覗き、電子アラームが翌朝に鳴る状態で設定してあるのを再度確認する。

毎日の様に繰り返される自問自答。
答えは何処にも無い。

そして、また数時間後に電子アラームの無機質な音に叩き起こされる朝を迎えるのだ。待っているのは空虚な一日。空っぽの心を抱え、孤独に過ごす。それが私に出来る唯一の抵抗。電子アラーム設定完了の音がピピッとなった。指は目覚まし時計から再び布団の中へ戻っていく。


震える白い指は虚空を求めていた。













――――…ザッ…

仮にもし、虚空の世界が私の認識出来る範囲に実在するとしたら、その世界に生きる者達は幸せなんだろうか?虚空に求めるのはそんな絵に描いたような理想ばかりだった。何処の世界だろうと生きている限り苦悩は必ず付き物だと言うのに。そもそも幸せの概念自体も解釈の一部に過ぎない。それでも人が虚空に何らかの想像を抱いてしまうのは何故だろうか。「いっそのこと正義や正解という言葉が無くなってしまえいいのに」と無責任な妄言に行き着く事さえもある。かつて、愛に生きたいと一心に叫び続けたあの日々は甘い未熟な我儘に過ぎなかったのだろう。でも、その我儘があったからこそ今の新しい自分がある。震える白い指をもう片方の手で抑えて呟く。

――それでも、私は夢を叶えた。

ククッ…と一人暗闇の中で笑った。幼い頃の夢をそのままダイレクトに実現させたのは、おそらく彼等の中で私だけじゃないのか。あんなに弱く貶され…!虐められ…!潰されたこの私が…!?あはははははは!!

実におかしな話だ。
人生は何が起こるか全く分からない。

この世界も同じ。
3年前のあの日みたいに。













3年前、冬の東京に衝撃が走ったあの日。虚空から現れた翼達を目の前に人々は何を思ったのだろう。









ザッ…ザァ――ッ…

“不審機が機首を変えました!都内方面に向かおうとしています!繰り返します。不審機が今、都内方面に向かい始めました!”







不思議なくらい街に色は無かった。

―――――――――――――――――
2039.12.23 PM13:00
東京湾上空 高度600m付近
お台場海浜公園より南西に約2km

領空侵犯機3機、機首を都心方面へ
―――――――――――――――――

『都内侵攻』の一報は昼の東京に衝撃を与えた。生中継に映し出された戦闘機群が都内中心部へと接近してくる。お台場の中継カメラは、高度を下げながらレインボーブリッジ付近へ接近する戦闘機群を克明に捉え続けていた。凄まじい音と衝撃が響き渡る。

ヒュウ―――ッ!!
ドドドドオォオォ――――――ッ!!


“今ご覧になられた方に繰り返し御伝えします。これは映画で起きている事ではありません。実際の東京で今起きている事です。先程12時半前に日本国政府より『東京湾上空に領空侵犯機が3機侵入した』との一報が入りました。3機のうち1機は2機から攻撃を受ける形で空中戦が展開される様子が先程、カメラから捉える事が出来ました。またスクランブル発進したと思われる自衛隊機等が領空侵犯機に接近する様子も確認できました。領空侵犯機は直後、進路を都内へと変え始めている模様です。現在、高度を下げながらレインボーブリッジまで機が接近しています。大変危険です。都内中心部に低空で侵入しています。東京、非常に危険な状況に置かれています。都民の皆様は直ちに頑丈な建物や地下など安全な場所へ避難し、直ちに身を守る行動を取ってください!…”








“こちらスクランブル発進機A1!領空侵犯機3機が都内中心部へ進路を変更しました!まもなくレインボーブリッジ付近に接近!管制早く次の指示を!”

"同じくA2より!目標3機からは依然応答無し!銃撃戦を伴いながら急速に降下しています!管制!早急に指示願います!”


==こちら米軍横田管制。まだ日本国政府ならびに防衛省から目標撃墜の命令が出ていない。A1,A2,A3,A4へ。現状維持、追尾を継続せよ。==


“しかし、このままだと地上に被害が出る可能性があります!管制…!”


==繰り返す。まだ日本国政府ならびに防衛省から目標撃墜の命令は出ていない。A1,A2,A3,A4へ。現状維持、追尾を継続せよ。==


“…了解。”

“目標、高度200m付近まで低下!超低高度で都内中心部に侵入!依然、目標間での銃撃戦は止まらず…!目標間の機銃掃射により地上へ被害が出る可能性あり!”

“目標、レインボーブリッジに到達!撃墜危険空域に入ります!これより先での目標撃墜は地上の安全を考慮し事実上不可能です!”

“目標の高度200m以下になりました!限界降下高度です…!我々は現状高度200mを維持しながら追尾を継続します!”

“目標、浜崎橋JCT付近へ侵入!首都高都心環状線沿いに超低高度飛行をしています!”







ヒュウ―――ッ!!
ドドドドオォオォ――――――ッ!!


敵のロックオン状態から如何にして逃れられるか…そんな事に気を取られている内に気が付けば超低高度飛行に移っている自分がそこにいた。だが、アクロバット飛行に慣れている俺ですら危険とは分かっていながらも…こうしなければ撃墜されるのは時間の問題だった。


ピピッ
“浜崎橋JCT到達。首都高都心環状線に沿い東京タワーを右手に捉えながら進行し、一ツ橋JCT付近から六本木に最終アプローチせよ。目標地点は東京都港区六本木ヒルズ。突入階、再確認。”



「―――――ッ!!」


無我夢中だった。後方から迫り来る敵機から浴びせられる機銃掃射が、たまに身体へ当たる度に鋼の羽に刻まれ続けた傷口は悲鳴を挙げた。避難の遅れによって、まだ首都高都心環状線内を走行していた車両を運転していた人達は度肝を抜かれただろう。自分達の上すれすれを突如、銃撃戦をしている戦闘機が何機も通り過ぎたのだから…

ゴオォオォ――――――ッ!!
カンッ カンッカンッカンッカンッ
ビシッビシッビシッビシッビシッビシッ

おそらく首都高都心環状線を走行していた車両の何台かに確実に被弾している。頼む…どうか死人だけは出ないでくれ……


シュゥ――――ッ!!

「!!?」

突如、機銃掃射とは違う音が後方から迫ってきた。身に危険が迫っている事を直感的に察知し直ぐ様、飛行体勢を急激に変える。体勢を変える瞬間とほぼ同時に、自分の真横を…

撃墜ミサイルが通過するのが見えた。




バガァアアン!!!!

撃墜ミサイルは首都高都心環状線沿いにあったビルに直撃、爆発炎上した。その光景は走馬灯の様に一瞬で過ぎ去っていった。

「おい…嘘だろ…今ので何人が…犠牲になったんだ………ぅ……あぁ…あぁあぁああああ!!!!ちっくしょぉおおお!!!!!」




ただ、ただ、現実が突き付けられる。






ピピッ
“まもなく一ツ橋JCTから六本木へ最終アプローチへ移行。目標ポイントへの進入ルートを表示する。目標地点は東京都港区六本木ヒルズ。突入階、再確認。”

「見えた…」

視界に目標地点を捉えると同時に、Flexディスプレイに一段と大きく攻撃目標を示すポイントが表示される。敵からの攻撃を振り切りながら最終アプローチに入る。超低高度飛行から徐々に高度を上昇させ、目標階へと高度を合わせていく。眼下に一ツ橋JCTが通過したのが見えた。

「はぁっ……はぁっ…!!」

迫り来る突入の瞬間…恐怖のあまり身体が震え出す。








ドクンッ



“決めたんだろ?「進む」って”



ドクンッ










そうだ…進むんだ。















進むんだ。



「ッ…!!!」





ヒュウ―――ッ!!

ピピッ
“最終目標確認。目標地点まであと500m。目標中心点、誤差3m以内”

「―――――――――ッ!!!!!」


“目標中心点、誤差1m以内。突入3秒前、2、1”




















――――― おかえり ―――――









ヒュウ―――…

『…ん!!?』
『な…』

パ――ンッ!!!!
ガシャアァ――ッ!!!!!!!!!!!

『うわぁあっ!!!』
『いっ!!?』
『なんだ!!?』

ザァアァア――――ッ!!!!!!!!!!!
ドドドドオォオォ――――――ッ!!
ガシャガシャガシャガシャガシャガシャ!!!!!!!!!!
バサバサバサバサバサバサバサバサ!!!!!!

―――――――――――――――――
2039.12.23 PM13:08
東京都港区六本木ヒルズ 上階
―――――――――――――――――

ピシッ…








ヒュウゥ…

パサッ…パサ…








『くっ…』
『…ぃつつ』
『はぁっ…』
『おい…全員生きてるか?』
『おそらく…』
『おぉい…たすけてくれ』
『原口が下敷きだ!助けるぞ!』
『せーの!』
ガシャ…
『つー…助かった。でも身体痛ぇ…』
『な、何だったんだ今の…』
『何が起きたんだ…』
『おい!あれ見ろ!』
『な、何だあれ!?』




「ハァ――……ハァ――……」



『ポ、ポケモン!?』
『確か金銀時代の…』
エアームドか…!!?』
『馬鹿な!?』
『いや、外見やら細部は見事に設定上と同じだぞ!?』
『嘘だろ何で…』




「ハァ――……ハァ――……」



『全身傷だらけだ…』
『凄い衝撃だったからな…見ろ、耐震ガラスが木っ端微塵だ…』
『これ…お前がやったのか?』
『おい気安く近付くな!何をしだすか分からんぞ!』
『ひぃいッ!』


やめろ…そんな目で俺を見るな。

今の俺はエアームドの姿として見られているのか?何だよ…さっきまで散々、戦闘機扱いしやがったくせに。ちくしょう…体力を削りまくったせいか呼吸が整えにくい。おまけに酷い頭痛もする…早く手を打たないと身が持たないぞ。




『おい…外、見てみろよ…』
『本当に戦闘機が近くを飛んでる…』


ゴオォ―――…

後方を振り返ると、さっきまで自分を追い掛けていた敵機2機とそれを追跡していた米軍・航空自衛隊の4機が、轟音を轟かせながら六本木上空で180度旋回した後、再び東京湾へ飛行していく様子が見えた。行き場と目標を失った、あの敵機2機はこれからどうするつもりなんだろうか…そんな事を一瞬ふと思った。しかし、そんな事を思ったのと同時にフロアにいた誰かが俺に向かって呟いた。





『…お前、さっきまで一番前で攻撃されていた戦闘機だろ?』





「ハァ――……ハァ――……」





『……』
『報道メディアには複数の局で東京での空中戦の様子が今も生中継されているが先程、攻撃されながら飛行していた1番前の戦闘機が六本木ヒルズに突入したと一斉に報じられた。だが、突入時の爆発や炎上は確認出来ていない…そうだよな?エアームド。』
『そう…なのか?』
『……』


「ハァ――……ハァ――……」


不味い…早く何とかして手を打たなければ完全に追い込まれる。Flexの攻撃目標表示はこの階を指し示したまま動かない…HBD-5000がこの階にあるのは確実だ。でも、このオフィスルームには無いらしく攻撃目標表示によれば、どうやら奥のルームにあるらしい。ここからどうやってこの状況を打破すればいい…?しばらく俺は打破するタイミングが掴めず何も出来ないでいた。

すると、オフィスルーム奥の扉がゆっくりと静かに開き、一人そっと中に入る人影が見えた。その人物は半壊したオフィスルームに驚く様子は見せず、俺の姿を確認すると何かを察したかの様に、手でジェスチャーを送ってきた。真剣な眼差しで繰り返し彼が送ってくるジェスチャーからは何となく、

(こっちに来い。とりあえず俺を人質にしろ。俺は人質にされる演技をするから、お前も俺を人質に取るような演技をしてくれ。大丈夫だ。俺が案内する、いいな?)

というメッセージが読み取れた。彼が何故こんなにも察しが良いのか、一瞬疑問に思ったが直ぐにその疑問は頭の中で解決した。俺は真剣な眼差しで彼に頷き返すと、彼もまた俺に頷き返し、手をパーの形に広げて指折りで5秒前カウントを始めた。カウントが0になった瞬間、俺は一目散に彼の居る場所に向かって飛んだ。

バサッ!!!! バサバサバサ!!!!!!
『うぉ!?』
『ひっ!!』
『わ!』

バサッ!!!! ガシッ

ジェスチャーを発してくれた恩人である彼の身体を掴み、首元に翼の鋭利な先端部を突き付ける。突き付ける直前、俺は彼の耳元で小さな声で呟いた。すると彼も直ぐに、俺にしか聞こえないくらい小さな声で答えてくれた。












(ありがとう、シークさん)
(あぁ)







迷いの無い即答から彼が佐倉洋祐さん本人であることを確信する。一方、半壊したオフィスルームにいた他の従業員は動揺する。

『佐倉!』
『洋祐いつの間に…』
『まさか人質にする気か!?』
『どうやらそのようだ…』

刃物の様な翼の先端部を洋祐さんの首に突き付ける行為は、他の従業員達の行動抑制に充分な効果を発した。洋祐さんは表情を一切変えず、ゆっくり両腕を挙げ人質演出をしながら再び小さな声で俺に呟く。

(話せ)

彼の指示に従い、他の従業員達に対し初めて声を発した。






「HBD-5000は…何処だ。」






『え…?』
『喋った…』
『しかも日本語だ…』
『おい、HBD-5000って確か』
『あぁ…うちにあるやつだ』
『何で知ってるんだ…』

従業員達が動揺するのも無理はないだろう。いきなり異世界から現れた謎の生命体が日本語で喋り、しかも彼等しか知らない筈の内部システムサーバーの名前を口にしたのだから。だが、彼等を動揺させている時間など無い…翼の先端部を洋祐さんの首に突き付けながら次々、声を発していく。


「早く言え!HBD-5000の場所は何処だッ!!」

『ひ…』
『不味い!洋祐が…!』
『お、お前の目的は何だ!』

「黙れ。質問に答えろ、全員今いる位置から一歩も動くな、両手を挙げろ、外部に連絡を取るな、携帯端末に触れるな。でなければ、こいつの首は吹き飛ぶ。答えないと殺す、動いたら殺す、挙げなきゃ殺す、取ろうとしたら殺す、触れようとしたら殺す。一瞬でも怪しい行為をしたら即、殺す。」

『ぃ…!?』
『こいつ本気だ…!!』
『ぜ、全員早く両手を挙げて絶対に今いる位置から動くなァ!質問に答えられる者は直ぐに答えろ!でないと佐倉が殺されるぞ…!!』
『はっ…!!』
『言うぞ!HBD-5000サーバーはこの階にある【第2システム設計室】奥の制御盤内にある!第2システム設計室は、そこの扉を出て右に進んで突き当たり左を曲がれば左側に入口がある!これでいいか!?』


「よし。第2システム設計室まではこいつに案内させろ、それ以外は全員ここから一歩も動くな。」


『…!』
『さ、佐倉…!』

洋祐さんは他の従業員達には目もくれず、表情を一切変えずに両腕を挙げたまま再び小さな声で呟いた。


(こっちだ、付いてこい)


オフィスルームを出る前に再度他の従業員達に現場待機を警告した後、扉を出て右に曲がり、白い壁と明るい照明に包まれた如何にもオフィスらしい綺麗で静かな廊下を進んでいく。遥か後方でエレベーターの到着音が微かに聴こえた以外、人の気配は殆んど無かった。突き当たりまでは少し距離があったが、幸いにも一人足りとも遭遇しなかった。




しかし、突き当たりを左に曲がった瞬間に事態は急変する。

『止まれェ!止まらなければ撃つ!』

その声がする廊下の遥か前方に目を移すと、武装した謎の集団が銃らしきものを幾つも構えて今にも撃ちそうな状態で待機していた。俺と洋祐さんは通告を無視して走り、直ぐに第2システム設計室前へと到達した。

「ここですか!?」
「あぁ!今開ける!」


『撃てェ!』


「危ない!!」
「っいぃ!マジか!!?」

ダダダダダダダダ!!
ヒュンヒュンヒュンヒュン!! バシバシバシバシバシ!!

俺は咄嗟に洋祐さんの前にのめり出し、洋祐さんを銃弾から守る。しかし僅かに遅れ、何発かが洋祐さんの右腕をかすったらしく生々しく血が流れていくのが見えた。

「痛ッ!つぁ――ッ!」
「くっ…!洋祐さん!大丈夫ですか!?」
「大丈夫かすり傷だ…ってセレンこそ大丈夫かそれ!?諸喰らっとるやないか!!」
「身体が鋼なんで!少しは耐えられます…!!でも早く!」
「認証完了!入れセレン!」
「…ッ!」

ザァアァッ!! ガシャンッ
ピッピッピィ――――

「…早くこれをドア前に!」
「はい!」

互いに身体に激痛が走るなか、内側からロックしバリケードを作り、第2システム設計室への外部からの物理的侵入を可能な限り遮断する。侵入を試みようとする集団の銃撃音が扉越しに聴こえてくる。

カンカンカンカンカンカン!!…

「セレン!こっちだ!」
「…!」

洋祐さんは左手で右腕を抑えながら、痛みに耐えながら右手で第2システム設計室奥の制御盤を開けた。制御盤が開いた瞬間、俺の視界を覆うFlex画面は全面に真っ赤な【目標】の文字が表示された。制御盤に近付いていくと、次第に【目標】表示は具体的な位置を示すようになっていた…制御盤前まで来た所で俺は動きを止める。洋祐さんも黙ったまま制御盤の中を見つめていた。

中に佇むのは2畳程の大きさのサーバー機器。白を基調とした外装で覆われ、今この瞬間も忙しそうに様々なLEDを点滅させながら何らかのデータ処理をしている。白い外装の隅には灰色で『HBD-5000』の文字が刻まれてあった。

「……セレン?」




「……っ」

視界が潤んでいく。この2畳程のサーバー機器には、一つの人工知能が宿っている…今までの全てを知っていて、誰よりもこの戦争を嫌がり反対した…あのアスターが。自分達が真の敵と称した存在は、一人の女の子として生きたかった儚い命だった。




あぁ…透き通る様な、あの声が聴こえてきそうだ。





――――“私の真の目的は【この間違った戦争を推進し環境を用意した者達に、自らの愚行を身をもって自覚させる】こと。そして【二度とこんな悲劇を繰り返さない為に、決して忘れてはならないと人々に自覚させる】こと。”


彼女は叫び続けた。




――――“『生きる』道を選んだ事は、御主にとって『一生の宝』となる…いつか、そう思う日が必ず来るであろう。”


命を。



――――“君はもう『生きる』道を選んだ。私が消えた後も、きっと天が君を護ってくれるだろう。そして私も君の心の中で生き続ける…全然寂しくなんかないさ。私はいつだって、そなたの味方だからな。大丈夫…きっと、未来は、答えてくれる。”


光を。




――――“幸せに、なれ。”


未来を。















ポタッ…









―― いい夢だったよ ――










目標。
『これを抹消する事にあり』

これが…自分達が求めたエンディングなんだろうか。そんな一瞬の迷いを掻き消すかの如く、Flexに全面表示される真っ赤な【目標】の文字は残酷な迄に現実を突き付けてくる。なかなか破壊行動に踏み切れない俺を見た洋祐さんは、そっと呟いた。


「…時間が無い」


その彼の一言にハッとする。後方で扉越しに聴こえる侵入を試む集団の銃撃音が判断の時を奪っていった。俺は無心になり、目の前にある目標にFlexの照準を合わせた。

ピピッ
“【目標】ロックオン完了”













       バァン!!



















点滅していた全てのLEDが消えた。